前回までで、チップは配線用の細い金線まで取り付けが終わりました。ただしこの状態は、指で触れるどころか、空気中の湿気やホコリにも耐えられないほど無防備です。そこで金型と呼ばれる精密な鋳型にチップをセットし、熱で溶かした黒いエポキシ樹脂を圧力をかけて流し込み、丸ごと固めてしまいます。これが封止(モールド)。固まった黒い樹脂は、湿気・熱・衝撃からチップを数十年守る鎧になります。あなたが見たことのある基板の「黒いゲジゲジ」は、この鎧を着たあとの姿です。
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封止は装置・材料ともに日本勢が寡占する後工程の要衝。装置はTOWAがモールディング装置で世界シェア66%(2022年)の断トツ首位で、封止材(EMC)は住友ベークライトが世界首位、レゾナックが世界トップクラス。参入障壁は樹脂配合の長期ノウハウと精密金型技術、そして顧客の品質認定。HBMやチップレットなど先端パッケージの薄型・大判化でコンプレッション成形の需要が伸びており、装置・材料の両面で構造的な追い風。個別分析は company-resonac 参照。
この記事で動かせる図解
- 01封止(モールド)3Dモデルむき出しのチップ→金型が閉じる→黒い樹脂が満ちる→「ゲジゲジ」完成の4段階を切り替えて見る
封止(モールド)とは何をする工程なのか
封止(モールド)とは、組み立ての終わったチップを樹脂で覆い固め、外の世界から隔離して守る工程です。ここまでのシリーズで、ウェハーから切り出されたチップはリードフレーム(チップを載せる金属の骨組み)に固定され、チップの端子と外部端子が細い金線で結ばれました。前回歩いた「ボンディングの工程」です。
このときのチップは、工程全体でいちばん無防備な状態にあります。金線の太さは髪の毛の数分の1しかなく、指先はもちろん、わずかな振動やホコリでも倒れたり切れたりします。さらにシリコンのチップは、空気中の水分や汚染にさらされるだけでも劣化していきます。裸のままでは、製品として出荷するどころか、工場の中を運ぶことすら危ういのです。
そこで登場するのが樹脂の鎧です。熱で溶かした黒いエポキシ樹脂を金型の中に流し込み、チップと金線を丸ごと包み込んで固めます。基板の上でおなじみの黒い部品は、こうして生まれます。黒い塊の中心にチップが埋まり、両脇に生えた金属の足(リードフレームの端子)だけが、外の世界との窓口として顔を出している——それが「ゲジゲジ」の正体です。身の回りの機器に入っている半導体のほとんどが、この鎧を着ています。
なぜ樹脂で固めるだけで数十年守れるのか
答えは、封止材が「ただの樹脂」ではないからです。エポキシ封止材の中身は、重量比でシリカ(石英の微粒子)が70%以上、ベースのエポキシ樹脂が15〜20%、硬化剤が8〜10%という構成が一般的です。つまり黒い鎧は、樹脂で石の粉を固めた複合材料であり、主成分はむしろ石のほうになります。
なぜ石の粉をそこまで大量に混ぜるのか。最大の理由は、熱による伸び縮みをチップに合わせるためです。物質は温度が上がるとわずかに膨張しますが、その度合いは材料ごとに違います。樹脂だけで固めると、電源のオン・オフで温度が変わるたびに、樹脂とチップ・金線の伸び縮みの差が力となってかかり、割れや断線を招きます。膨張しにくいシリカを混ぜ込むことで、鎧全体の伸び縮みをチップや金属に近づけているのです。
シリカには、熱を逃がしやすくする、強度を高める、湿気を通しにくくするという効果もあります。パッケージの中のチップが炊飯器で10年、クルマで15年と働き続けられるのは、この配合設計のおかげです。何をどれだけ混ぜるかというレシピこそが封止材メーカーの腕の見せどころで、用途ごとに膨大なバリエーションが作り分けられています。
黒い樹脂は、どうやってチップを包み込むのか
主流の方式は、トランスファーモールドと呼ばれる「金型への圧入」です。まずは無防備なチップが黒い鎧をまとうまでを、3Dモデルで見てください。
手順はこうです。リードフレームごとチップを、上下に分かれた精密な金型で挟み込みます。次に、タブレットと呼ばれる固形の樹脂を熱で溶かし、プランジャ(ピストン)で圧力をかけて、細い流路から金型内の空洞へ注入します。ドロドロの黒い樹脂が空洞に満ちて、チップと金線を呑み込んでいきます。金線を倒さずに樹脂を行き渡らせるため、温度・圧力・流し込む速さはミリ秒単位で制御されます。
金型の中で樹脂は数十秒から数分で一次硬化し、取り出したあとに150〜180℃で数時間かけて焼き固める二次硬化(ポストモールドキュア)で、鎧としての強度が完成します。ちょうど、型に流したケーキ生地をオーブンでじっくり焼き上げるイメージです。金型が開くと、そこには黒いパッケージが並んでいます。
一方で、先端パッケージの世界では別の方式も広がっています。コンプレッション方式は、金型の空洞にあらかじめ樹脂を入れておき、そこにチップを浸して押し固めるやり方です。樹脂が長い流路を流れないぶん金線や配線への負担が小さく、薄型・大判の成形に向くため、AI向けの積層メモリ(HBM)などで存在感を増しています。組み立て方の進化の全体像は「「微細化が限界でも、チップはまだ速くなる。今度は「組み立て方」だった」」で解説しています。
なぜ封止は「日本の独壇場」なのか
装置も材料も、世界の上位を日本勢が占めています。モールディング装置では、京都のTOWAが世界シェア66%(2022年)で断トツの首位。同社は金型の超精密加工から装置までを一貫して手がけ、コンプレッション成形の技術力はHBM向けで高く評価されています。長野のアピックヤマダも日本で最初に樹脂封止金型を開発した名門で、2025年にヤマハ発動機グループのヤマハロボティクスへ統合され、後工程装置の一角を担い続けています。切断・研削も含めた後工程装置の全体像は「「切って・削って製品にする。後工程装置とディスコ」」をどうぞ。
材料側の主役も日本勢です。エポキシ封止材では住友ベークライトが世界シェア首位を握り、レゾナックも世界トップクラスのシェアを持ちます。日東電工など、封止関連の材料で強みを持つメーカーもそろっています。レゾナックは封止材にとどまらず後工程材料をほぼフルラインで握る総合力が強みで、詳しくは「「チップを“組み立てる”材料を幅広く握る、統合で生まれた素材大手」」で分析しています。
強さの源泉は、この記事で見てきた中身そのものです。シリカの粒の大きさや形、樹脂と硬化剤の配合、金型の中での流れやすさ——封止材は「混ぜて固めるだけ」に見えて、数十年分の配合ノウハウの塊です。装置側も、金線を倒さず、気泡を残さず、何百万個も同じ品質で固め続ける金型精度が命で、一朝一夕には追いつけません。ウェハーや薬液と同じく、「半導体材料で日本勢が強い理由」の縮図がここにもあります。
黒い鎧をまとったチップは、これでようやく製品の姿になりました。次回はシリーズ最終回。パッケージに名前を刻み、最後の試験で良品だけを選び抜く「検査・マーキング」の工程を歩きます。
この記事のまとめ
- 封止(モールド)とは、ボンディングまで終えた無防備なチップと金線を、熱で溶かした黒いエポキシ樹脂で丸ごと固めて守る工程。基板の「黒いゲジゲジ」の黒い部分はこの樹脂の鎧で、チップ本体はその中に埋まっている。
- 主流のトランスファーモールドは、タブレット状の樹脂を溶かしてプランジャで金型に圧入する方式。金型内で硬化させたあと、150〜180℃で数時間かけて焼き固め、湿気・熱・衝撃からチップを数十年守る強度に仕上げる。
- エポキシ封止材の中身は、重量の70%以上がシリカ(石英の微粒子)。石の粉を大量に混ぜることで熱膨張をチップに近づけ、割れや断線を防ぐ。
- モールディング装置は京都のTOWAが世界シェア66%(2022年)で首位。アピックヤマダ(2025年にヤマハロボティクスへ統合)と合わせ、装置は日本勢がほぼ独占する。
- 封止材も住友ベークライトが世界首位、レゾナックが世界トップクラスと日本勢が上位を占める。樹脂の配合ノウハウと精密金型の作り込みが、数十年かけて築いた参入障壁になっている。
よくある質問(FAQ)
Q.封止(モールド)とは何ですか?+
封止(モールド)とは、配線まで終えた半導体チップを樹脂で覆い固めて守る後工程のことです。チップ本体と、チップと外部端子をつなぐ細い金線は、むき出しのままでは湿気・ホコリ・わずかな衝撃で壊れてしまいます。そこで熱で溶かした黒いエポキシ樹脂を金型の中に流し込み、チップと金線を丸ごと包み込んで硬化させます。この樹脂の鎧が、チップを数十年にわたって保護します。
Q.基板にある黒い「ゲジゲジ」の正体は何ですか?+
黒い本体部分は、封止工程で固めたエポキシ樹脂です。半導体チップ本体は、その黒い樹脂の内部に埋め込まれた数mm角のシリコンの小片で、外からは見えません。両脇に生えた金属の足は、リードフレームという金属の骨組みの端子部分で、チップの電気信号を基板へ伝える役割を持ちます。つまり「ゲジゲジ」は、樹脂の鎧+金属の足=パッケージの姿です。
Q.エポキシ封止材の中身はどうなっていますか?+
エポキシ封止材は、重量比でシリカ(石英の微粒子)が70%以上を占め、ベースのエポキシ樹脂が15〜20%、硬化剤が8〜10%という構成が一般的です。主成分が樹脂ではなく石の粉なのは、シリカを大量に混ぜることで熱膨張をチップや金属に近づけ、強度・放熱性・耐湿性を高めるためです。樹脂だけで固めると、温度変化のたびに伸び縮みの差でチップや金線が壊れてしまいます。
Q.トランスファーモールドとはどんな方式ですか?+
トランスファーモールドとは、タブレット状の固形樹脂を熱で溶かし、プランジャ(ピストン)で圧力をかけて金型内の空洞に注入する封止方式です。リードフレームごとチップを上下の金型で挟み込み、溶けた樹脂を細い流路から流し込んで、金型の中で硬化させます。量産性に優れ、半導体封止の主流方式として長年使われています。薄型・大判のパッケージには、樹脂に部品を浸すコンプレッション方式も広がっています。
用語集
- 後工程(OSAT)/ back-end / OSAT
- ウェハーから切り出したチップを検査・組み立て・パッケージする工程。
- パッケージング(先端パッケージング)/ advanced packaging
- 切り出したチップを基板に載せ、配線し、保護する工程。複数のチップを高密度につなぐ先端版もある。
- OSAT/ Outsourced Semiconductor Assembly and Test
- チップの組み立て(パッケージング)と検査を専門に請け負う会社。後工程の外部委託先。
参考資料・引用元
- 【半導体】モールディング(封止)とは?業界団体Semi Journal(2024)— 使用箇所: 封止工程の定義(物理的衝撃・汚染・水分からの保護)とトランスファーモールド(プランジャ圧送)が主流という位置づけhttps://semi-journal.jp/basics/process/molding.html
- モールディング(半導体封止工程)とは?仕組み・方式をわかりやすく解説業界団体株式会社菅製作所(2024)— 使用箇所: 工程フロー(金型内一次硬化 数十秒〜数分→ポストモールドキュア150〜180℃・数時間)とトランスファー/コンプレッションの使い分けhttps://agus.co.jp/?p=9299
- 半導体封止材とは業界団体フミテック(2024)— 使用箇所: エポキシ封止材の組成(重量比シリカ70%以上・ベース樹脂15〜20%・硬化剤8〜10%)とシリカの役割(低熱膨張・放熱・強度)https://fumitec.jp/semiconductor-e/
- 樹脂成形技術/トランスファモールド・コンプレッションモールド一次情報TOWA(公式)(2025)— 使用箇所: トランスファ方式(溶融樹脂をキャビティに充填し硬化)とコンプレッション方式(薄型大判向き・樹脂流動ほぼなし)の方式説明https://www.towajapan.co.jp/jp/technology/molding/
- チップレットの鍵握るモールディング装置、シェア7割を握るTOWA報道日経クロステック(2023-09-19)— 使用箇所: TOWAのモールディング装置世界シェア66%(2022年、2021年は60%)とチップレット時代に重要性が増す文脈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08380/
- 「車載封止材」販売100億円超え…住友ベークライトが戦略製品の展開加速報道ニュースイッチ(日刊工業新聞)(2024-01-13)— 使用箇所: 住友ベークライトがエポキシ樹脂系半導体封止材で世界シェア首位という順位https://newswitch.jp/p/40034
- 半導体材料(封止材)製品情報一次情報レゾナック(2024)— 使用箇所: エポキシ封止材・液状封止材の世界トップクラスシェア、CMPスラリーhttps://www.resonac.com/jp/products/semi-backend-process/76
- ヤマハロボティクスホールディングスおよび傘下の会社統合について一次情報ヤマハ発動機(公式)(2025-02-12)— 使用箇所: アピックヤマダ(樹脂封止装置)が新川・PFAとともに2025年にヤマハロボティクスへ統合された事実https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2025/0212/yrh.html
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