東芝・ローム・三菱電機が2026年3月に統合協議へ基本合意したのは、SiC投資に規模が要るためだ。個別に競合してきた日本勢のままでは、首位Infineon(約17.4%)に届かない。しかも、ロームのSiC垂直統合、三菱電機のパワーモジュール、東芝の増産と、3社の強みが補い合う。統合すれば合計で世界シェア約1割、Infineonに次ぐ世界2位規模になる可能性がある。

パワー半導体は、EVの航続距離、急速充電の速度、「AIの電力効率」を直接左右する「電気の調節弁」だ。SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)という新材料への世代交代が進むなか、日本の大手3社が統合という決断を迫られた背景には、投資の重さと競争の構造変化がある。

ひとことで言うと(初心者向け)

パワー半導体はEVと充電器、データセンターの電力制御に欠かせない部品。東芝・ローム・三菱電機が束になれば、欧州の巨人Infineonを追いかける世界2位規模の連合になれる。

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構造で言うと(投資家向け)

パワー半導体全体市場は2034年に約817億ドル規模に拡大見込み(Precedence Research)。3社合算で世界シェア約1割の日本連合が誕生すれば、Infineon(17.4%)に次ぐ規模。SiC投資の重さを示したWolfspeedの経営破綻は、規模と垂直統合の必要性を業界に突きつけた。

パワー半導体とは何か、なぜEV時代に重要なのか

は電気のスイッチだが、パワー半導体はその中でも大電流・高電圧を扱う専用品だ。半導体そのものの基礎は「半導体とは何か」で解説している。EVのモーターを回すインバーター、急速充電器の電圧変換、工場の産業モーター、鉄道の駆動システム、そして「データセンターの非常用電源・電源回路」まで、電気が変換される場所には必ずパワー半導体が入っている。

パワー半導体全体の世界市場は2024年に約525億ドル、2034年には約817億ドル規模に成長する見通しだ。成長を引っ張るのはEV向けSiCで、2030年に約103億ドル・年率約20%の拡大が予測されている。SiCはシリコン比でスイッチング損失を大幅に抑えられるため、同じ電池容量でもEVの航続距離が伸び、充電器を小型化できる。「EVと電池産業の全体像」で触れたように、EV普及はSiCを中心とするパワー半導体の需要拡大を構造的に生み出している。

なぜInfineonが首位に立ち、日本勢は分散していたのか

2024年のパワー半導体シェアは、Infineonが約17.4%で世界首位を占める。2位以下は差があり、STマイクロ・onsemi・Infineon・Wolfspeed・ロームの上位5社がSiCデバイス売上の約91.9%を握る。この寡占構造の背後にあるのは「垂直統合の差」だ。

Infineonはドレスデン拠点でSiCの内製化を進め、材料から最終製品まで1社でコストと品質を制御できる。一方、日本勢はそれぞれが得意分野に特化しながら協力してきたが、独立したまま分散投資を続ければ、SiCへの移行コストという「重さ」が個社の財務を圧迫するリスクが高まる。

SiC投資の重さを証明したWolfspeedの経営破綻

SiC基板で世界シェア約33.7%を持ち、200mmウェハーの量産ラインを世界で初めて稼働させたのがWolfspeedだ。同社は2025年に約46億ドルの債務を抱え、Chapter 11(米連邦破産法11条)による経営再建を申請した。工場への巨額投資とEV向け需要立ち上がりのズレが原因だ。Wolfspeedの破綻は業界に一つの現実を突きつけた事件だった。「SiCはシリコンより製造難度が高く、工場稼働率を上げるまでに長い時間がかかる——だから規模のない単独プレーヤーには資金が持たない」という現実だ。

ローム・三菱電機・東芝、3社それぞれの強みとは

ロームは2010年に世界で初めてSiC MOSFET(SiC製のスイッチ素子)を量産した先駆者だ。ドイツのSiCrystal(SiCウェハーメーカー)を買収し、基板から半導体デバイスまでの垂直統合を実現している。上流の材料を自社で押さえることで、材料費を安定させつつ技術開発を一貫させる。2023年12月には東芝と「ローム=SiC・東芝=Si」という役割分担での協業が経済産業省の認定を受け、総額3,883億円・最大1,294億円の助成を獲得している。

三菱電機はパワーモジュール(IGBT等を一体化した部品ユニット)で世界2位(Omdia調べ)、VSC型HVDC(高圧直流送電)向けパワーモジュールでは世界シェア首位を持つ。鉄道・産業・再生可能エネルギーという大型インフラ向けで圧倒的な実績があり、エネルギーシステムとしての知見が強みだ。2026年には熊本にSiC 8インチ対応の新製造ラインを稼働させ、SiCへの移行を本格化した。

東芝は2018年にNANDフラッシュ事業(現Kioxia)を分社後、パワーデバイスとディスクリート半導体(単機能の個別チップ)に経営資源を集中させてきた。加賀工場に300mm対応の製造棟を2024年に完成させ、低電圧MOSFETやIGBT(いずれも電力を切り替えるスイッチ素子)の生産能力を2021年度比2.5倍に引き上げた。東芝の強みはSiではなく、安定したIGBT量産と車載・産業用ディスクリートのラインナップにある。

2026年3月、なぜ3社は統合を決断したのか

2026年3月、東芝・ローム・三菱電機の3社はパワー半導体事業の統合協議について基本合意を発表した。3社合算の世界シェアは約1割に相当し、Infineonに次ぐ規模になる。

統合の背景には3つの構造的要因がある。第一は「投資規模の問題」だ。SiCへの全面移行には、ウェハーラインからデバイス製造・評価まで数千億円規模のが必要で、個社では維持が難しくなりつつある。第二は「中国メーカーの追い上げ」で、SiCでも成熟と同様に中国国内メーカーが生産能力を急拡大しており、中長期的な価格圧力が高まる。

第三は「需要の本格化」で、EV普及に伴うSiC需要の拡大が2025〜2026年の調整期を経て加速フェーズに入るとの判断がある。統合すれば研究開発費を集中投資し、ローム(SiC材料)×三菱電機(モジュール・システム)×東芝(IGBT・車載ディスクリート)の得意分野を組み合わせた一貫製造体制が生まれる。

その後の続報を時系列で確認する。三菱電機の漆間啓社長は2026年7月、合弁会社の設立時期などの詳細を2026年度上期中に公表できるよう調整していると述べたと、Bloombergが報じた(報道ベース)。ただし本稿の更新時点(2026年9月26日)で、3社統合の詳細に関する正式発表は確認できていない。統合が最終的にどのような形でまとまるかは、現時点では断定できない。

SiCシェアで日本連合はどこに立てるか

SiCデバイスの市場では、STマイクロエレクトロニクスが2023年に32.6%で首位を占め、上位5社で約91.9%を握る。

日本連合が形成されても、SiCシェアで直ちにSTやInfineonを上回る保証はない。Wolfspeedが残した米国のSiC生産能力の空洞をどう活用するか、また需要の中心であるEVメーカー(欧米・中国)への供給関係をどう構築するかが次の焦点だ。一方で、「パワー半導体の基礎技術」を長年積み上げてきた3社の統合は、日本の半導体産業が「EV×電力インフラ」という新市場に本腰を入れたことを示す歴史的な転換点でもある。

この記事のまとめ

  • パワー半導体市場は2034年に約817億ドル規模に拡大。EV・急速充電・データセンター電力が3大需要ドライバー。
  • 世界首位はInfineon(約17.4%)。SiCデバイスはSTマイクロ(32.6%)が首位、上位5社で約9割を占める。
  • ロームは世界初SiC量産(2010年)とSiCrystal買収で垂直統合。三菱電機はパワーモジュール世界2位・HVDC世界1位。東芝は加賀300mm工場で生産能力2.5倍増。
  • Wolfspeedの経営破綻は「SiCは規模なしには戦えない」という現実を業界に示した。
  • 2026年3月に基本合意した3社統合で、日本発の世界2位規模パワー半導体連合誕生を目指す。

この記事のまとめ

  • パワー半導体はEV・急速充電・データセンター電力制御に不可欠。市場は2034年に約817億ドル規模に拡大見込み。
  • 世界首位はInfineon(約17.4%)。日本勢は東芝・ローム・三菱電機が個別に競合してきた。
  • ロームは2010年に世界初でSiC MOSFETを量産し、SiCrystal買収で基板からデバイスまでの垂直統合を実現。
  • 三菱電機はパワーモジュール世界2位・HVDC向け世界1位、東芝は加賀工場で生産能力を2.5倍に増強。
  • 2026年3月の3社統合合意で合計世界シェア約1割の連合誕生へ。Wolfspeedの破綻は「SiC投資には規模が要る」を証明した。
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よくある質問(FAQ)

Q.パワー半導体とは何ですか?通常の半導体と何が違うのですか?+

パワー半導体は大電流・高電圧を制御するための専用チップです。スマホの頭脳チップのように「情報を計算する」のではなく、「電気の流れを切り替えたり変換したりする」役割を持ちます。EVのモーター駆動、急速充電器の電圧変換、データセンターの電源回路など、電気が形を変える場所に必ず使われています。材料もシリコン(Si)だけでなく、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)という化合物半導体が使われます。

Q.なぜSiC(炭化ケイ素)がシリコンより優れているのですか?+

SiCはシリコンより絶縁破壊電界が約10倍大きく、高電圧でも壊れにくい特性を持ちます。同じ電力を扱う際のスイッチング損失が大幅に小さく、EVのインバーターにSiCを使うと航続距離が約5%以上伸びるケースも報告されています。また高温でも動作が安定するため、放熱設計の簡略化につながります。デメリットは製造コストが高いことで、材料となるSiCウェハーの量産技術が競争軸になっています。

Q.東芝・ローム・三菱電機の統合で、具体的に何が変わりますか?+

3社の合計パワー半導体シェアは世界の約1割に相当し、首位Infineon(約17.4%)に次ぐ規模の連合が生まれます。個別ではできなかった大規模なSiC製造ラインへの集中投資や、ローム(SiC基板・デバイス)×三菱電機(パワーモジュール・HVDC)×東芝(IGBT・ディスクリート)という得意分野の補完が可能になります。研究開発費の集約と量産スケールの確保で、中国メーカーの増産圧力や欧州大手との価格競争に対応しやすくなります。

Q.Wolfspeedはなぜ経営破綻したのですか?+

WolfspeedはSiC基板世界首位(約33.7%)のメーカーでしたが、200mm SiCウェハーの大型ファブへの巨額投資とEV向け需要の立ち上がりの遅れが重なり、2025年に約46億ドルの債務を抱えてChapter 11(米連邦破産法11条)による経営再建を申請しました。SiCはシリコンより製造難易度が高く、工場の稼働率を上げるまでに時間がかかります。「需要は来る、でも今じゃない」というタイミングのズレが財務を圧迫した典型例です。

用語集

トランジスタ/ transistor
電気のスイッチ。オン/オフで「0と1」を表し、計算と記憶の最小単位になる。
ウェハー/ wafer
半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
データセンター/ data center
大量のサーバーをまとめて置き、24時間動かし続ける施設。クラウドやAIの計算はここで行われる。
設備投資(capex)/ capital expenditure
工場や機械など、長く使う設備を買うためにかけるお金。
ノード(プロセス)/ process node
製造プロセスの世代を表す呼び名(例:3nm)。小さいほど高性能・省電力になりやすい。

参考資料・引用元

  1. 東芝・ローム・三菱電機 パワー半導体事業統合協議 基本合意一次情報
    東芝/三菱電機/ローム(2026-03)— 使用箇所: 2026年3月の3社統合協議基本合意・合計世界シェア約1割で世界2位連合構想
    https://www.global.toshiba/jp/news/corporate/2026/03/news-20260327-01.html
  2. Power Semiconductor Market Size to Hit USD 81.70 billion by 2034調査会社
    Precedence Research(2025)— 使用箇所: パワー半導体全体市場2024年約525億ドル→2034年約817億ドル
    https://www.precedenceresearch.com/power-semiconductor-market
  3. Power SiC 2025 – Markets & applications調査会社
    Yole Group(2025)— 使用箇所: SiC市場2030年約103億ドル・年率20%・自動車約7割
    https://www.yolegroup.com/press-release/from-ev-to-ar-vr-sics-expanding-reach-powers-new-tech-waves/
  4. ST remains largest silicon carbide power device maker, with 32.6% market share調査会社
    Semiconductor Today / TrendForce(2024-06)— 使用箇所: 2023年SiCシェア(STマイクロ32.6%首位、上位5社で約91.9%)
    https://www.semiconductor-today.com/news_items/2024/jun/trendforce-200624.shtml
  5. Power Semiconductor Market Share Database 2H25調査会社
    Omdia(2025-10)— 使用箇所: パワー半導体2024年シェア17.4%・世界1位
    https://omdia.tech.informa.com/
  6. パワーモジュール市場シェア(Omdia)一次情報
    三菱電機(出典Omdia)(2025-05)— 使用箇所: パワーモジュール市場で世界2位(2024・Omdia)、首位Infineon
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/2025/pdf/0528-5.pdf
  7. HVDC向けパワーモジュール世界1位一次情報
    三菱電機株式会社(2025-05)— 使用箇所: VSC型HVDC向けパワーモジュールで世界シェア1位(2023年度・当社調べ)
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/2025/pdf/0528-5.pdf
  8. ロームが世界初でSiCトランジスタ(DMOSFET)量産開始一次情報
    ローム株式会社(2010-12)— 使用箇所: 2010年に世界初でSiC MOSFETを量産
    https://www.rohm.co.jp/
  9. SiCパワーデバイスの垂直統合(SiCrystal買収)一次情報
    ローム株式会社(2024)— 使用箇所: SiCrystal買収でウエハーからデバイスまで一貫生産
    https://www.rohm.co.jp/analogpower/interview/02
  10. ロームと東芝のパワー半導体供給確保計画が経産省認定一次情報
    東芝デバイス&ストレージ / ローム(2023-12)— 使用箇所: 総額3,883億円・経産省助成最大1,294億円、ローム=SiC/東芝=Si分担
    https://toshiba.semicon-storage.com/jp/company/news/news-topics/2023/12/corporate-20231208-1.html
  11. 300mm対応パワー半導体新製造棟を竣工一次情報
    東芝デバイス&ストレージ(2024-05)— 使用箇所: 加賀東芝300mm製造棟・低電圧MOSFET/IGBT・能力FY2021比2.5倍
    https://toshiba.semicon-storage.com/jp/company/news/news-topics/2024/05/corporate-20240523-1.html
  12. Wolfspeed Chapter 11 再建計画の確定一次情報
    Wolfspeed(SEC 8-K)(2025-09)— 使用箇所: SiC大手Wolfspeedが2025年にプレパッケージ型Chapter 11で再建計画確定。SiC業界の地殻変動を象徴する事象
    https://www.sec.gov/cgi-bin/browse-edgar?action=getcompany&CIK=0000895419&type=8-K
  13. 三菱電機社長、上期にもローム・東芝とのパワー半導体統合の詳細公表報道
    Bloomberg(2026-07-17)— 使用箇所: 三菱電機の漆間啓社長が合弁会社設立時期等の詳細を2026年度上期中に公表できるよう調整と発言(報道ベース)
    https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-07-17/THSOFKT96OSO00

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