スマホの中の半導体チップは数mm角の小さな部品ですが、最初からその大きさで作られるわけではありません。直径30cmのウェハーの上に同じ回路を数百個分まとめて焼き付けてから、最後に碁盤の目のように切り分けます。この「切り分け」がダイシングです。切ったあとにチップが散らばらないよう、ウェハーはあらかじめ金属の輪に張った粘着シートに貼り付けておきます。切る道具は、ダイヤモンドの粉を固めた人毛より薄い刃。最近は刃を使わず、ウェハーの内部だけにレーザーを当てて内側から「割る」方式も広がっています。
構造で言うと(投資家向け)も見る
ダイシングは後工程の入口で、装置市場は日本のディスコが世界約7〜8割を握る事実上の独占(2025年・SemiAnalysis)。消耗品のダイヤモンドブレードまで一貫供給する両輪モデルで、稼働が続く限りブレード収益が積み上がる。もう1社の大手・東京精密も日本勢。技術面はHBM向け極薄ウェハー対応が焦点で、ブレード式からステルスダイシングへのシフトが進む。個別分析は company-disco 参照。
この記事で動かせる図解
- 01ダイシング3Dモデルシート貼り付け→ブレード切断→格子状カット→エキスパンド分離の4段階を切り替えて見る
ダイシングとは何か
ダイシングとは、ウェハーを1個ずつのチップに切り分ける「個片化」の工程です。ウェハーの上には、同じ回路が碁盤の目のように数百個〜数千個分も並んで作り込まれています。1個ずつ作るより、大きな1枚にまとめて作ってから切り分けるほうが圧倒的に効率がいい——これが半導体づくりの大前提であり、その「切り分け」を担うのがダイシングです。半導体そのものの基本から知りたい方は、「半導体とは何か」を先に読むと全体像がつかみやすくなります。
たとえるなら、板チョコです。ひとかけらずつ別々に作る工場はなく、大きな1枚として固めてから、溝に沿って割ります。ウェハーにとっての「溝」にあたるのが、あとで説明する切りしろ(ストリート)です。
位置づけとしては、回路を作る「前工程が終わり、製品に組み立てる後工程が始まる境目」にあります。実際にはダイシングの前に、ウェハーの裏面を砥石で削って薄くする「バックグラインド(薄化)」という工程があり、300mmウェハーで約775μmある厚みを、用途によっては数十μmまで削り込みます。薄く削られたウェハーを、今度は小さく切り分ける。「削る」と「切る」はセットで後工程の入口を構成しています。
なぜ切る前に、粘着シートに貼るのか
切ったチップが散らばってしまわないためです。ウェハーをそのまま切れば、数百個のチップがバラバラと崩れて回収できません。そこでダイシングの前に、金属の輪(リングフレーム)にピンと張った粘着シート——ダイシングテープにウェハーを貼り付けて固定します。切り終わったあともチップは1個ずつシートに貼り付いたままで、ウェハーの円盤の形を保っています。
このシートには、もうひとつ仕事があります。シートを外周方向にぐいっと引き伸ばすと、チップとチップの間隔が広がり、あとの工程で機械が1個ずつつまみ上げやすくなるのです。これをエキスパンドと呼びます。貼る→切る→広げる、という流れを3Dモデルで見てください。
人毛より薄いダイヤの刃は、どうやってウェハーを切るのか
主流のブレードダイシングは、ダイシングブレードと呼ばれる円盤状の砥石を高速回転させ、ウェハーに押し当てて線状に削り進む方式です。ディスコの技術解説によると、ブレードは人造ダイヤモンドの砥粒を固めたもので、外径は50mm程度、厚さは0.01〜0.5mm程度。薄いものは人毛(約0.08mm)より薄い、文字どおり紙一重の刃です。
回転数は毎分3万〜5万回転。摩擦熱で回路を傷めないよう、水をかけて冷やしながら切り進めます。
狙う場所は、チップとチップの間にあらかじめ確保された「ストリート」と呼ばれる切りしろです。幅は数十μmしかありません。ここには回路がなく、ブレードが通ってよい唯一の道になっています。
1本切ってはウェハーを送り、平行に何十本も切ったら、テーブルを90度回してもう一方向。縦横に切り終わると、ウェハーは格子状に分かれた数百個のチップになります。ストリートは回路を置けない「死に地」なので、狭くできるほど1枚のウェハーから取れるチップの数が増える——ここが各社の腕の見せどころです。
なぜ「切らずに、内部から割る」方式が生まれたのか
ウェハーが薄くなりすぎて、刃で削ると欠けやすくなったためです。刃で削る以上、切り口には微細な欠け(チッピング)がどうしても出ます。厚いウェハーなら問題になりませんが、AIメモリの積層向けに数十μmまで薄くしたウェハーでは、小さな欠けが割れにつながります。
そこで登場したのがレーザー方式です。レーザーで表面から焼き切るアブレーション方式に加え、より根本的な発想の転換が「ステルスダイシング」でした。
ステルスダイシングは浜松ホトニクスが開発した技術です。ウェハーを透過する波長のレーザーを内部の1点だけに集光し、割れの起点になる改質層(SD層)を作っておいて、あとから粘着シートを引き伸ばす力でパキッと割るという方式です。表面には傷ひとつ付けず、内部だけを狙う——「ステルス」の名のとおりです。削らないので切りくずが出ず、水も使わず、切りしろの消費が基本的にゼロになります。
東京工業大学の研究報告では、従来60μm必要だったストリート幅をステルスダイシング併用で15μmと4分の1にできることが確認されました。ストリートが狭まるほど取れるチップは増えるので、これは品質と経済性の両方に効く進化です。板チョコの溝が細いほど、同じ板からかけらを多く取れるのと同じ理屈です。
なぜダイシング装置は、日本の2社がほぼ独占しているのか
ダイシング装置の世界シェアは、ディスコ(DISCO)が約7〜8割と、1社でほぼ独占に近い構図です(2025年・業界資料)。ディスコは「切る・削る・磨く」の精密加工に特化した日本企業で、装置だけでなく消耗品のダイヤモンドブレードまで自社で一貫供給します。装置を売って終わりではなく、顧客の工場が動き続ける限りブレードが売れ続ける。この両輪の収益構造が、「後工程装置の世界」でディスコを別格の存在にしています。
もう1社の大手も日本の東京精密(ACCRETECH)で、ダイシングマシンとウェハー検査用のプロービングマシンを柱とする装置メーカーです。つまりダイシングは、装置も刃も日本勢がほぼ握っている工程です。数十μmの切りしろを狙って人毛より薄い刃を毎分数万回転で走らせる制御は、教科書どおりに作って再現できるものではなく、装置・ブレード・加工条件を一体で磨き込んだ蓄積そのものが参入障壁になっています。ディスコの事業構造と強さの分析は「「チップを“切って削って磨く”工程を、世界でほぼ独占する日本企業」」で詳しく解説しています。
次回は、切り出したチップを土台に据え付け、細い金線などで電気の通り道をつなぐ「ボンディング」の工程を歩きます。
この記事のまとめ
- ダイシングとは、回路を書き終えたウェハーを1個1個のチップに切り分ける工程。後工程の入口にあたる。
- 切る前に、ウェハーをリングフレームに張った粘着シート(ダイシングテープ)に貼り付ける。切り終わってもチップが散らばらず、シートを引き伸ばせば1個ずつ拾える。
- 主流のブレードダイシングは、人造ダイヤの砥粒を固めた厚さ0.01〜0.5mmの刃を毎分3万〜5万回転で回し、水をかけながら削って切る。
- 切りしろ(ストリート)は数十μm。刃を使わずウェハー内部だけにレーザーを集光して割るステルスダイシングなら、ストリートを60μm→15μmまで狭められた研究報告もある。
- ダイシング装置は日本のディスコが世界約7〜8割を握り、消耗品のブレードまで一貫供給する。もう1社の大手・東京精密も日本勢。
よくある質問(FAQ)
Q.ダイシングとは何ですか?+
ダイシングとは、回路を作り終えたウェハーを、1個1個の半導体チップに切り分ける工程です。後工程(チップを製品に組み立てる工程)の入口にあたります。ウェハーを金属の枠(リングフレーム)に張った粘着シートに貼り付けて固定し、チップとチップの間に確保された数十μmの切りしろ(ストリート)に沿って、格子状に切っていきます。
Q.ダイシングブレードとはどんな刃ですか?+
ダイシングブレードとは、人造ダイヤモンドの砥粒を固めて作った円盤状の切削砥石です。外径は50mm程度、厚さは0.01〜0.5mm程度で、薄いものは人毛(約0.08mm)より薄くなります。これを毎分3万〜5万回転の高速で回し、水をかけて冷やしながらウェハーに押し当てて、線状に削って切断します。
Q.ステルスダイシングとは何ですか?+
ステルスダイシングとは、浜松ホトニクスが開発した、刃を使わないダイシング技術です。ウェハーを透過する波長のレーザーを内部の1点だけに集光して、割れの起点になる改質層(SD層)を作り、あとから粘着シートを外周方向に引き伸ばして(テープエキスパンド)チップをパキッと分離します。切りくずが出ず水も使わないため、極薄ウェハーや切りしろを狭めたいチップに向いています。
Q.ダイシング装置はどこの会社が作っていますか?+
日本のディスコ(DISCO)がダイシング装置で世界シェア約7〜8割を握る圧倒的な首位です(2025年・業界資料)。装置だけでなく、消耗品のダイヤモンドブレードまで一貫供給する両輪の収益構造が強みです。もう1社の大手も日本の東京精密(ACCRETECH)で、ダイシングは日本勢がほぼ独占する工程になっています。
用語集
- ダイシング/ dicing
- 1枚のウェハーを格子状に切り、1つずつのチップ(ダイ)に切り分ける後工程。ブレードやレーザーで切断する。
- ウェハー/ wafer
- 半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
- 後工程(OSAT)/ back-end / OSAT
- ウェハーから切り出したチップを検査・組み立て・パッケージする工程。
- バックグラインド/ back grinding
- 回路を作り終えたウェハーの裏面を砥石で削り、薄くする後工程の入り口。約775μmのウェハーを用途に応じて100μm前後〜数十μmまで削る。
参考資料・引用元
- 砥石による切削加工(ブレードダイシング)一次情報株式会社ディスコ(公式技術解説)(2026)— 使用箇所: ブレードダイシングの定義・ブレードは人造ダイヤモンド砥粒で外径約50mm/厚さ0.01〜0.5mm・切削水をかけながら加工・テーブル90度回転で格子状に切断https://technology.disco.co.jp/jp/method/dicing/
- ダイシングとは?半導体の加工方法や種類、主要メーカーまで解説業界団体西進商事(2025)— 使用箇所: ダイシングテープへのマウント・ブレード毎分3万〜5万回転・ブレード/レーザー/ステルスの3方式・主要メーカー(ディスコ・東京精密)https://www.seishin-syoji.co.jp/column/column-dicing/
- ダイシング|技術用語集一次情報東京精密(ACCRETECH公式)(2026)— 使用箇所: スピンドル回転数30,000〜50,000min⁻¹・レーザダイシングは非接触で水を使わないドライプロセスhttps://www.accretech.com/jp/product/semicon/word/word140.html
- ステルスダイシング™技術一次情報浜松ホトニクス(公式)(2026)— 使用箇所: 透過波長レーザーをウェハー内部に集光して改質層を形成→テープエキスパンドの外部応力で分割・切削ロスゼロ・ドライプロセス・チッピングレスhttps://www.hamamatsu.com/jp/ja/product/semiconductor-manufacturing-support-systems/stealth-dicing-technology.html
- ウエハにダメージが生じないステルスダイシング加工を実現調査会社東京工業大学(2020-06)— 使用箇所: ダイシングストリート幅が従来DBGの60μm→SDBGで15μm(1/4)に縮小・極薄ウェハーのダメージレス加工https://www.titech.ac.jp/news/2020/047175
- DISCO — World Leader In Cutting, Grinding, Polishing調査会社SemiAnalysis(2025)— 使用箇所: ダイシング約7〜8割・グラインダ約7割の世界シェアhttps://newsletter.semianalysis.com/p/disco-corporation-the-world-leader
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