NECは量子コンピューターの実機開発をやめたと報じられましたが、会社はそれを認めていません。背景には、方式が定まらないまま巨額の投資を長く続けなければならない、量子コンピューター開発そのものの構造があります。

2026年9月4日、ダイヤモンド・オンラインが「NECが量子コンピューターのマシン開発から撤退した」と報じました。NECは1999年に、超伝導回路で量子ビット(量子コンピューターの計算の最小単位)の原型を示した企業です。半導体やコンピューターの基本から知りたい方は、先に「半導体とは、電気を「通す・通さない」を切り替えられる物質」を読むと理解しやすくなります。

この記事は速報ではなく、報道の背景にある構造を整理する解説です。会社が確認していない事実は「報じられた」と書き、確認できた事実と区別します。

ひとことで言うと(初心者向け)

量子コンピューターは、まだ『どの作り方が正解か』が決まっていない未完成の機械です。作るには極低温の装置や大きな研究チームが要り、お金が長くかかります。NECは実機づくりをやめたと報じられましたが、会社は『技術の見極めを進めている』と答えただけで、やめたとは言っていません。

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構造で言うと(投資家向け)

ダイヤモンド・オンライン(9/4)は、NECが実機開発を2026年3月末で中止し、研究者の多くが富士通へ移ったと報道。時事通信・日本経済新聞も追随。NEC広報は撤退へのコメントを差し控え、技術の見極めと産業化に取り組むと回答(報道ベース)。日経は日本の投資額が米国の約5割と指摘。NEC株が9/7に下落したとの記述あり(報道ベース)。会社のIR・適時開示は確認できていない。富士通は9/8にダイヤモンドスピン方式の試作機を公開し、開発部門トップは研究者の増強は継続と発言(報道ベース)。論点は、方式が未確定な分野で実機を持ち続ける負担と、ソフト・応用へ軸足を移す戦略の妥当性。

何が報じられ、NECは何と答えたのか

報じられた内容と、会社が確認した内容は分かれています。次の表で整理します。

論点報道の内容会社の確認
実機開発の中止2026年3月末で中止(ダイヤモンド・時事通信)確認していない
研究者の移籍多くが富士通へ。リーダー格も含むと報道確認していない
中止の理由実用化に時間がかかり、投資に見合う収益を得にくいと判断したとみられる説明していない
NECの今後ソフトウェアやサービスに軸足を移す(日本経済新聞)「産業化に向けた取り組みも進めている」

NEC広報は、撤退についてコメントを差し控えたと時事通信が伝えています。そのうえで「量子コンピュータの活用について、実用化に向けた技術の見極めとともに、産業化に向けた取り組みも進めている」と回答しました。

この回答は、報道を認めたものでも、否定したものでもありません。2026年9月30日までに、NECが公式リリースやIRで撤退を認めた、あるいは否定したという発表は確認できていません。人数や移籍時期も、公開部分の記事には記載がありません。

NECはなぜ「量子の名門」と呼ばれるのか

NECの研究者らは1999年、超伝導回路の中で量子状態を制御できることを示す論文を、Nature誌に発表しました。ナノメートル(10億分の1メートル)級の超伝導電極に電圧を加え、2つの状態を行き来させる実験です。論文はこの回路を量子ビットの候補と位置づけました。

この成果が、超伝導方式の出発点です。時事通信は、NECが作った超伝導の量子ビットが、GoogleやIBMが採用する技術の土台になったと伝えています。

つまりNECは、いま量子コンピューター開発の最前線に立つ企業が使う方式を、先に切り開いた側の会社です。だからこそ、実機から離れたという報道が大きく扱われました。NECの本業の1つはなどの通信インフラです。企業としての全体像は「NECを企業として分析した記事」で解説しています。

初心者向け
量子コンピューターの作り方は、車でいうガソリン車・電気自動車・水素車のように、まだ複数の方式が競っています。どれが主流になるか分からないので、1つに全力で賭けるのは会社にとって大きな決断です。

量子コンピューターにはどんな方式があり、誰が参入しているのか

量子コンピューターは、量子ビットの作り方で方式が分かれます。どの方式が最終的に勝つかは決まっていません。

方式量子ビットの作り方主な担い手
超伝導方式極低温に冷やした超伝導回路Google、IBM、富士通・理研
イオントラップ方式真空中に閉じ込めた原子IonQ、Quantinuum
光方式光の状態を量子ビットに使う理研・東大・NTTなど
ダイヤモンドスピン方式ダイヤモンド結晶中の電子のスピン富士通(試作機)

各方式の基本は、「0でも1でもある計算機。量子コンピュータは何がそんなにすごいのか」で解説しています。

方式が複数あることは、企業にとって投資の判断を難しくします。1つの方式に数年分の資金と人材を注ぎ込んでも、別の方式が先に実用化すれば、投資が報われないおそれがあるからです。

なぜ実機開発は投資の負担が重いのか

実機を作る競争は、量子ビットの数を増やすだけでは終わりません。計算の途中で必ず入るエラーを直す「誤り訂正」が、最大の壁だからです。誤り訂正には、1つの正確な量子ビットを作るために、多数の物理的な量子ビットが必要になります。

Googleは2024年、105量子ビットの超伝導チップWillowで、符号を大きくするほどエラーが指数関数的に減る「しきい値以下」の動作を示しました。ここまで到達するには、装置・人材・資金に大きな規模が必要です。

日本経済新聞は、NECが米国の大手の技術革新に追随しにくかったこと、日本の量子分野の投資額が米国の約5割にとどまることを伝えています。ただしこれは報道の指摘で、NEC自身が理由として語ったものではありません。

実機開発をやめる場合でも、量子技術そのものを手放すとは限りません。ソフトウェアや応用に集中し、他社の量子基盤を使う戦略も選択肢になります。これが実際のNECの方針かどうかは、会社が公表するまで確認できません。

日本の量子開発体制はどう分かれているのか

日本の開発は、方式ごとに担い手が分かれています。中心の1つは、富士通と理化学研究所の超伝導方式です。両者は2025年4月に256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発し、2026年に1,000量子ビット規模の構築と公開を目指すと発表しました。2026年9月30日時点で、その公開が実現したという発表は確認できていません。

もう1つが光方式です。理研、東京大学、NTT、Fixstars Amplifyの研究グループは2024年11月、汎用型の光量子計算プラットフォームを始動させました。光方式は、他の方式で必要な冷凍・真空装置が不要な点が特徴です。

さらに富士通は、NEC撤退の報道後の2026年9月8日、ダイヤモンドスピン方式の試作機を公開しました。炭素の一部をスズに置き換えた構造の電子スピンを、量子ビットに使う方式です。

2026年9月30日時点の最新状況

報道後の動きは、次の通りです。

  • 9月4日:ダイヤモンド・オンラインがスクープを配信し、NECは「技術の見極めを進めている」と回答した
  • 9月7日:時事通信などが追随して報じ、NEC広報が撤退へのコメントを差し控えた
  • 9月8日:富士通がダイヤモンドスピン方式の試作機を公開した
  • 9月9日:ダイヤモンド・オンラインの続報で、富士通の開発部門トップが「研究者の増強は継続」と発言したと伝えられた

NECからの公式リリース、IR、記者会見での説明は、9月30日時点で確認できていません。報道の内容を会社が否定したという事実も確認できていません。そのため、本記事は「実機開発をやめたと報じられた」という表現にとどめています。

今後どうなるのか

注目点は、NECが今後の方針をどの形で説明するかです。決算説明や中期計画の場で、量子への投資方針が語られる可能性があります。実際に何が語られるかは、現時点では分かりません。

日本全体では、超伝導・光・ダイヤモンドスピンと、方式が並行して進みます。報道どおりなら、超伝導方式の人材は富士通に集まることになります。ただし、移籍の規模は公開情報では確認できません。

量子コンピューターの進歩は、暗号にも影響します。関連する通信の安全対策は、「いま盗まれた暗号データは、10年後にまとめて解読される」と、「盗聴すると必ずバレる通信が、もう実用化されていた」で解説しています。

この記事のまとめ

  • ダイヤモンド・オンラインは2026年9月4日、NECが量子コンピューターの実機開発を2026年3月末で止め、多くの研究者が富士通へ移ったと報じた。
  • NEC広報は撤退についてコメントを差し控え、技術の見極めと産業化を進めていると回答した。会社は撤退を確認しておらず、否定もしていない。
  • NECは1999年に超伝導回路で量子状態の制御を示し、超伝導量子ビットの出発点を作った。
  • 量子コンピューターは方式が定まらず、投資額の大きさに対し収益化が遠い。報道は、日本の投資額が米国の約5割にとどまる点も指摘した。
  • 日本の開発は、富士通・理研の超伝導方式、理研・NTTなどの光方式など、複数の方式に分かれて進んでいる。

この記事のまとめ

  • ダイヤモンド・オンラインは2026年9月4日、NECが量子コンピューターの実機開発を2026年3月末で止め、多くの研究者が富士通へ移ったと報じた。
  • NEC広報は撤退についてコメントを差し控え、技術の見極めと産業化を進めていると回答。会社は撤退を確認しておらず、否定もしていない。
  • NECは1999年に超伝導回路で量子状態の制御を示し、超伝導量子ビットの出発点を作った。
  • 量子コンピューターは方式が定まらず、投資額の大きさに対し収益化が遠い。報道は、日本の投資額が米国の約5割にとどまる点も指摘した。
  • 日本の開発は、富士通・理研の超伝導方式、理研・NTTなどの光方式など、複数の方式に分かれて進んでいる。
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よくある質問(FAQ)

Q.NECは量子コンピューターの開発から撤退したのですか?+

NEC自身は撤退を確認していません。ダイヤモンド・オンラインは、NECが実機開発を2026年3月末で止めたと報じました。時事通信も同様に報じましたが、NEC広報は撤退についてコメントを差し控え、技術の見極めと産業化への取り組みを進めていると答えるにとどまっています。報道は否定もされていませんが、会社の公式発表としては確認できていません。

Q.NECはなぜ「量子の名門」と呼ばれるのですか?+

NECの研究者が1999年に、超伝導回路で量子状態を制御する実験結果をNature誌に発表したためです。この成果は超伝導方式の量子ビットの出発点とされ、Googleなどが採用する方式につながりました。世界で初めて量子ビットを実現した企業として知られています。

Q.量子コンピューターにはどんな方式がありますか?+

量子コンピューターの方式とは、量子ビットの作り方の違いです。代表的なものに、超伝導回路を使う超伝導方式、閉じ込めた原子を使うイオントラップ方式、光を使う光方式があります。どの方式が本命かは決まっておらず、企業や研究機関が並行して開発しています。

Q.日本の量子コンピューター開発は今後どうなりますか?+

富士通と理化学研究所が超伝導方式の大規模化を進め、理研・東京大学・NTTなどが光方式を進めています。富士通は2026年9月8日にダイヤモンドスピン方式の試作機も公開しました。NECの動向にかかわらず、複数の方式が国内で並行して進む構図です。

用語集

海底ケーブル/ submarine cable
海の底に敷かれた光ファイバーで、国際通信の大半を運ぶ。陸揚げする場所(陸揚局)の近くは通信が速い。

参考資料・引用元

  1. 【スクープ】NECが量子コンピューター開発から撤退!研究者はライバル富士通へ大量流出、「量子の名門」で何が起きたのか?報道
    ダイヤモンド・オンライン(2026-09-04)— 使用箇所: 最初のスクープ。NECが2026年3月末で量子コンピューターのマシン開発から撤退し、リーダー格を含む多くの研究者が富士通へ移籍したとの報道(公開部分に人数の記載なし・詳細は有料部分)
    https://diamond.jp/articles/-/398514
  2. NEC、量子コンピューター開発中止 実用化に課題多く報道
    時事通信(2026-09-07)— 使用箇所: NECが量子コンピューター実機の開発を2026年3月末で中止したとの報道、実用化に時間がかかり投資に見合う収益を得にくいと判断したとみられること、NEC広報は撤退についてコメントを差し控え『技術の見極めとともに産業化への取り組みも進めている』と回答したこと(報道ベース)
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2026090700732&g=eco
  3. 【スクープ続報】NECの「量子マシン開発撤退」にライバル富士通の反応は?開発部門トップは「研究者の増強は継続」と明言報道
    ダイヤモンド・オンライン(2026-09-09)— 使用箇所: 続報。富士通の開発部門トップが研究者の増強は継続と発言したこと、NECが撤退を報じられた後の9月8日に富士通がダイヤモンドスピン方式の試作機を公開したこと、NEC株が9月7日に下落したとの記述(報道ベース)
    https://diamond.jp/articles/-/398859
  4. 「量子コンピューターの名門」NECが実機開発中止 国別の投資額、日本は米国の5割報道
    日本経済新聞(2026-09)— 使用箇所: NECが実機開発を中止しソフトウェア・サービスへ軸足を移すとの報道、米国勢の技術革新に追随しにくいこと、日本の量子分野の投資額は米国の約5割との指摘(報道ベース。公開部分のみ確認)
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0745B0X00C26A9000000/
  5. Coherent control of macroscopic quantum states in a single-Cooper-pair box調査会社
    Nature 398, 786–788(Nakamura, Pashkin, Tsai)(1999)— 使用箇所: 超伝導回路(単一クーパー対ボックス)で量子状態のコヒーレントな制御を観測し、量子ビットの候補と位置づけた1999年の論文(中村泰信氏らのNEC在籍時の成果として知られる)
    https://www.nature.com/articles/19718
  6. Quantum error correction below the surface code threshold調査会社
    Nature(Google Quantum AI)(2024-12)— 使用箇所: Googleの105量子ビット超伝導プロセッサWillowで、誤り訂正の符号を大きくするほど論理エラーが指数関数的に減る『しきい値以下』動作を示したこと
    https://www.nature.com/articles/s41586-024-08449-y
  7. 世界最大級の256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発一次情報
    理化学研究所(2025-04-22)— 使用箇所: 富士通と理研が2025年4月22日に256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発、2026年に1,000量子ビット規模の構築・公開を目指すこと、連携センターの活動期間を2029年3月まで延長
    https://www.riken.jp/pr/news/2025/20250422_1/index.html
  8. 新方式の量子コンピュータを実現—世界に先駆けて汎用型光量子計算プラットフォームが始動一次情報
    理化学研究所(2024-11-08)— 使用箇所: 理研・東大・NTT・Fixstars Amplifyによる光方式の量子コンピュータ。冷凍・真空装置が不要という方式上の特徴
    https://www.riken.jp/pr/news/2024/20241108_2/index.html
  9. 富士通、新方式の量子コンピューター試作機を世界初開発 ダイヤモンドで計算精度を向上報道
    ITmedia NEWS(2026-09-09)— 使用箇所: 富士通が2026年9月8日にダイヤモンドスピン方式(炭素の一部をスズに置き換えた構造の電子スピンを量子ビットに使う)の量子コンピューター試作機を公開したこと。記事にNEC撤退への言及はない
    https://www.itmedia.co.jp/news/article/2609/09/2000001330/

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