「チップの土台も塗る薬も、ほとんど日本製だった(半導体材料の日本企業)」で見たように、半導体は装置だけでは作れません。その「材料の急所」の一つが、調味料メーカーの手のなかにあります。
この記事で動かせる図解
- 01AIチップの3Dモデルチップ・基板・絶縁層(ABF)の積層を立体で確認
スマホやAIのチップは、小さなチップを『基板』という土台に載せて作ります。その土台の中では細い配線が何層も重なっていて、配線どうしがくっつくと壊れてしまいます。そこに挟んで絶縁する薄いフィルムが『ABF(味の素ビルドアップフィルム)』です。これをほぼ世界中で味の素だけが作っていて、シェアは約95%。もとはうま味調味料を作るときに出る副産物から生まれた技術です。
構造で言うと(投資家向け)も見る
ABFはFC-BGAパッケージ基板の層間絶縁材で味の素のシェア約95%。MSG製造の副産物を起源に1999年商品化、Intel採用で業界標準化し、基板メーカーのラインがABF前提で最適化されたため参入障壁が高い。AIアクセラレータの大型・多層化で使用量が増加し、味の素は2030年までに能力50%増の250億円超投資。岐阜県可児市に第3拠点の用地も取得済み。機能性材料は全社利益の約2割を占める。長期リスクはガラスコア基板による一部代替。
ABF(味の素ビルドアップフィルム)とは何か
ABF(味の素ビルドアップフィルム)とは、半導体パッケージ基板の中で、配線の層と層の間を電気的に絶縁する薄いフィルム状の樹脂材料です。1層あたりの厚さは約10マイクロメートル(髪の毛の直径約80マイクロメートルの8分の1)で、配線どうしが意図せず電気を流して短絡(ショート)するのを防ぎます(味の素グループ)。
ここでいう「パッケージ基板」とは、できあがったチップを載せ、外部の回路へ電気をつなぐための土台です。チップは数百〜数千の端子を持ち、その配線を一気に外へ広げる必要があります。基板の中では銅の配線が何層も積み重なっており、その各層の間に塗り重ねる絶縁膜がABFです。
この「層を積み上げていく(build-up)」工法で作る基板を、ビルドアップ基板(芯となるコア基板の上に、絶縁層と配線層を交互に積層した基板)と呼びます。はチップを保護して外部とつなぐの中核で、ABFはその基板づくりに欠かせない素材です。
パッケージ基板の中でABFはどこに使われるのか
ABFが使われるのは、フリップチップBGA(FC-BGA=チップの端子を下向きに直接基板へ接続する高密度パッケージ)の基板です。中心にコア基板(基板の芯となる硬い板)があり、その上下にABFと銅配線を交互に積み上げて、細い配線を高密度に通します。
高性能チップ向けのFC-BGA基板は8層以上を積層し、線幅10マイクロメートル未満の微細配線を形成します。配線が細く層が多いほど、それらを正確に隔てる絶縁膜の性能が品質を左右します。そこでABFは薄く均一に塗れて寸法が安定し、微細配線と相性が良いため、この用途で標準になりました(FCBGA Substrate Manufacturer)。
| パッケージ基板の構成 | 役割 |
|---|---|
| 演算チップ(GPU/CPU) | 計算を行う本体 |
| 絶縁層(ABF) | 配線層どうしを絶縁する薄膜 |
| 配線層(銅) | チップの信号・電力を外へ広げる |
| コア基板 | 基板全体を支える芯 |
| はんだボール(BGA) | 基板を外部の回路につなぐ |
つまりABFは、チップと外部をつなぐ「配線の地層」を成立させる接着剤兼絶縁材です。これが安定しないと、細い配線が短絡したり、熱で基板が歪んで信号が乱れたりします。
なぜ調味料の味の素がABFを独占できたのか
味の素がABFを独占できた理由は、うま味調味料の製造技術から偶然生まれた素材を、半導体の世代交代に合わせて磨き続けたからです。起源は、主成分であるグルタミン酸ナトリウム(うま味成分)を製造する過程で生じる副産物・塩素化パラフィンにあります。これが樹脂を柔らかくする性質を持つと分かり、樹脂材料の研究が始まりました(味の素グループ)。
研究を重ねた末、味の素はABFを1999年に商品化しました。決定的だったのは、Intelが2000年代初頭にFC-BGAの標準絶縁材としてABFを採用したことです。従来の絶縁材料より微細配線と相性が良かったため、PCの普及とともに採用が一気に広がりました(FCBGA Substrate Manufacturer)。
以後20年以上、Ibiden(イビデン)やShinko Electric(新光電気工業)などの基板メーカーは、自社の製造ラインをABF前提で最適化してきました。基板の品質をABFの特性に合わせて作り込んでいるため、別の材料に切り替えると工程ごと作り直しになります。この「業界全体の最適化」が、後発を寄せつけない参入障壁になっています。
ABFはAIでなぜ需要が伸びるのか
ABFの需要がAIで伸びる理由は、AI向けチップのパッケージが「大きく・多層に」なるほど、ABFの使用量が増えるからです。AIアクセラレータは1枚の巨大チップではなく、複数の(機能ごとに分けた小チップ)と(積層した高速メモリ)を一つの基板に並べて作ります。
この「並べて作る」方式の代表例が、「AIの性能を決めるメモリとCoWoS」で解説したです。
こうした「先端パッケージ(OSAT)」では基板が大型化し、配線層も増えます。層が増えれば、その各層に塗るABFの量も増えます。つまり、のAIアクセラレータが巨大化するほど、1パッケージあたりのABF消費量が膨らむ構図です。
味の素は需要増に対応するため、2030年までに少なくとも250億円(約1.66億ドル)を投じ、ABFの生産能力を50%引き上げる計画です。ABFを含む機能性材料事業は、2024年3月期で全社利益の約20%を占めるまで成長しました(TrendForce)。
増産投資は生産拠点の新設にも及んでいます。ABFを手がける味の素ファインテクノは2026年5月7日、岐阜県可児市に新工場用の土地を取得したと発表しました。神奈川県川崎市の本社工場、群馬県昭和村の群馬工場に続く第3の生産拠点で、用地投資額は約12億円、2028年の着工・2032年の稼働を予定しています(味の素ファインテクノ)。
ABFの独占を脅かす課題と代替はあるのか
ABFの最大の長期リスクは、ガラスコア基板(基板の芯を樹脂からガラスに置き換えた次世代基板)への置き換えです。AI向けの巨大パッケージでは、樹脂を芯にした有機基板が熱で反り、微細配線がずれる問題が出ます。ガラスは反りに強く配線を細くできるため、「AIチップの土台が樹脂からガラスへ」変わる動きが進んでいます。
ただし置き換えは段階的です。ガラスコア基板の本格量産は2020年代後半以降とされ、当面は有機基板が主流のままです。ガラスを使う場合でも、ガラスの芯の上に積む絶縁層には引き続きABF系の材料が使われる構成もあり、ABFの役割が完全に消えるわけではありません。
短期の課題はむしろ供給制約です。ほぼ1社供給のため、AI需要が急増すると基板の(良品率)や供給量がボトルネックになりやすい構造です。味の素はガラス対応を含む次世代材料の開発も進め、独占の維持を狙っています。
味の素の電子材料事業はどう位置づけられるのか
味の素にとって電子材料事業は、調味料に並ぶ高収益の柱です。ABFを中心とする機能性材料は、1社でほぼ世界市場を握るため利益率が高く、2024年3月期で全社利益の約20%を占めました。売上は2030年まで年率10%超の成長が見込まれています(TrendForce)。
この構造から、味の素はAI半導体の供給網を語るうえで欠かせない企業になっています。調味料メーカーが先端チップの土台を支えているのは、技術と市場構造の両面から見て興味深い事実です。
この記事のまとめ
- ABF(味の素ビルドアップフィルム)はパッケージ基板の配線層を絶縁する厚さ約10マイクロメートルの薄膜で、味の素が世界シェア約95%を握る。
- 起源はうま味調味料の主成分グルタミン酸ナトリウム製造の副産物で、樹脂研究を経て1999年に商品化された。
- Intelが2000年代初頭にFC-BGAの標準材料として採用し、基板メーカーのラインがABF前提で最適化されたため後発参入が難しい。
- AI向けの大型・多層パッケージで使用量が増え、味の素は2030年までに生産能力を50%引き上げる増産投資を進める。
- ガラスコア基板が長期の代替リスクだが、量産は2020年代後半以降で当面はABFが主流のまま。
この記事のまとめ
- ABF(味の素ビルドアップフィルム)はパッケージ基板の配線層を絶縁する厚さ約10マイクロメートルの薄膜で、味の素が世界シェア約95%を握る。
- 起源はうま味調味料の主成分グルタミン酸ナトリウム製造の副産物で、樹脂研究を経て1999年に商品化された。
- Intelが2000年代初頭にFC-BGAの標準材料として採用し、基板メーカーのラインがABF前提で最適化されたため後発参入が難しい。
- AI向けの大型・多層パッケージで使用量が増え、味の素は2030年までに50%以上の増産投資を進める。味の素ファインテクノは2026年5月、岐阜県可児市に第3の生産拠点となる新工場用地を取得した。
- ガラスコア基板が長期の代替リスクだが、量産は2020年代後半以降で当面はABFが主流のまま。
よくある質問(FAQ)
Q.ABF(味の素ビルドアップフィルム)とは何ですか?+
ABFとは、半導体パッケージ基板の配線層と配線層の間を絶縁する薄いフィルム状の樹脂材料です。1層あたり約10マイクロメートルと薄く、配線どうしの短絡(ショート)を防ぎます。うま味調味料「味の素」を製造するアミノ酸技術から派生して開発され、味の素グループが世界シェア約95%を握っています。
Q.なぜ調味料メーカーの味の素が半導体材料を独占しているのですか?+
グルタミン酸ナトリウム(うま味成分)の製造過程で生じる副産物から、樹脂を柔らかくする技術が見つかったのが起源です。そこから樹脂材料の研究を重ね、1999年にABFを商品化しました。Intelが2000年代初頭にFC-BGAの標準材料として採用し、基板メーカーの製造ラインがABF前提で最適化されたため、後発が入りにくい構造になっています。
Q.ABFはガラス基板に置き換えられて需要が消えますか?+
短期では置き換わりません。ガラスコア基板は反りや微細配線で有利ですが量産は2020年代後半以降で、当面はABFを使う有機基板が主流です。一方でAI向けの大型・多層パッケージはABFの使用量をむしろ増やします。長期では一部用途がガラスに移る可能性があり、味の素自身もガラス対応の材料開発を進めています。
用語集
- パッケージング(先端パッケージング)/ advanced packaging
- 切り出したチップを基板に載せ、配線し、保護する工程。複数のチップを高密度につなぐ先端版もある。
- 後工程(OSAT)/ back-end / OSAT
- ウェハーから切り出したチップを検査・組み立て・パッケージする工程。
- チップレット/ chiplet
- 1つの大きなチップを、小さな複数のチップに分けて1パッケージに集める設計手法。歩留まりとコストを改善できる。
- HBM/ High Bandwidth Memory
- DRAMを積み重ねて広帯域にした高性能メモリ。AI半導体とセットで使われる。
- CoWoS(コーワス)/ Chip on Wafer on Substrate
- GPUと記憶用のHBMなど複数のチップを、1枚の土台(インターポーザ)の上に並べて1つのパッケージにまとめるTSMCの先端パッケージング技術。
- データセンター/ data center
- 大量のサーバーをまとめて置き、24時間動かし続ける施設。クラウドやAIの計算はここで行われる。
- 歩留まり/ yield ヨミ:ぶどまり
- 1枚のウェハーから取れるチップのうち、欠陥のない良品の割合。
参考資料・引用元
- The Ajinomoto Group's Unexpected Role in Semiconductor Manufacturing: The Insulating Film "ABF"一次情報味の素グループ(2024)— 使用箇所: ABFの定義・1層約10μm・MSG副産物起源・1999年商品化・世界シェア約95%https://www.ajinomoto.com/stories/the-ajinomoto-groups-unexpected-role-in-semiconductor-manufacturing-the-insulating-film-abf-born-from-aminoscience
- Japanese Firm Ajinomoto to Invest JPY 25 Billion by 2030 to Expand ABF Production for Advanced Packaging業界団体TrendForce(2025)— 使用箇所: 2030年までに250億円超で能力50%増・GPU/CPU基板シェア95%超・機能性材料が全社利益約2割・売上年率10%超https://www.trendforce.com/news/2025/04/01/news-japanese-firm-ajinomoto-to-invest-jpy-25-billion-by-2030-to-expand-abf-production-for-advanced-packaging/
- アミノサイエンス®から生まれた絶縁フィルム「ABF」ってなに?一次情報味の素グループ ストーリー(2024)— 使用箇所: グルタミン酸ナトリウム製造副産物起源・1層約10μm・世界シェア約95%https://story.ajinomoto.co.jp/rd/017.html
- What is FCBGA (ABF) Substrate?業界団体FCBGA Substrate Manufacturer(2024)— 使用箇所: FC-BGAでABFが層間絶縁材として機能・Intelが2000年代初頭採用・8層以上/線幅10μm未満https://www.horexspcb.com/news/fcbga-abf-substrate-147568.html
- 岐阜県可児市に新工場用地を取得一次情報味の素ファインテクノ株式会社(2026-05-07)— 使用箇所: 川崎・群馬に続く第3の生産拠点として岐阜県可児市の用地を取得・用地投資額約12億円・2028年着工/2032年稼働予定https://news.ajinomoto.co.jp/2026/05/20260507-02.html
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