スマートフォン1台には「動く部品」を持つ半導体が10個以上入っています。画面の傾き検知・歩数カウント・音声入力マイク——これらはすべて、シリコンウェハーに深さ数十〜数百マイクロメートルの構造を彫り込んでバネと錘を作るMEMS(微小電気機械システム)が担っています。

「半導体=電子回路」という先入観に反し、MEMSは電気回路と機械的な可動構造を同一のシリコンチップ上に共存させます。同じシリコンファブリケーションを応用しながら、「CMOSイメージセンサ」とはまったく異なる動作原理を持つのもそのためです。

ひとことで言うと(初心者向け)

スマホの「傾き検知」や「歩数カウント」は、シリコンに彫ったバネと錘が揺れることで電気信号を変える、MEMS(微小電気機械システム)という半導体が担っています。電子回路だけでなく、物理的に「動く部品」をシリコン上に作り込んでいるのが特徴です。

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構造で言うと(投資家向け)

MEMSは加速度センサ・ジャイロ・気圧センサ・MEMSマイクなど多様なセンサを同一の半導体製造プロセスで量産する。世界市場は2024年約130億ドル→2030年約200億ドル(CAGR約9%)で成長見込み。STMicro(コンシューマ首位)・Bosch Sensortec(車載首位)・TDK-InvenSenseが主要3極。車載ADAS・IoT・エッジAI連携が次の成長ドライバー。

MEMSとは何か——シリコンに「動く機械」を作る技術

MEMSとはMicro-Electro-Mechanical Systemsの略で、日本語では「微小電気機械システム」と訳します。電子回路を作るシリコン半導体製造技術を応用して、マイクロメートル(μm)スケールの可動部品をシリコン基板上に一体形成したデバイスです。

典型的な加速度センサの構造は、幅5〜50 μmのシリコン製バネと中央の錘、そしてくし歯状に噛み合う電極の組み合わせです。加速度が加わると錘が動き、電極どうしの間隔が変化して、蓄えられる電気の量(静電容量)が変わります。そして、この微小な電気量の変化を回路が検出し「加速度の大きさ」として出力します。

シリコンが機械材料として選ばれる理由は力学的な優秀さにあります。硬さ・弾性の指標であるヤング率は約170 GPaで鉄に匹敵し、かつ金属に見られる疲労破壊や、繰り返し変形による特性のズレがほぼありません。1982年にKurt E. Petersenが発表した論文「Silicon as a Mechanical Material」(IEEE Proceedings)はこの特性を体系化し、MEMSが産業として離陸する礎を作りました(Kurt E. Petersen / IEEE)。

スマートフォンに何種類のMEMSが入っているのか

最新のフラッグシップスマートフォン1台に搭載されるMEMSは10種類を超えます。

センサ主な用途動作原理
3軸加速度センサ画面回転・歩数カウントくし型電極の静電容量変化
3軸ジャイロスコープ手ブレ補正・姿勢制御コリオリ力(振動式)
気圧センサ(バロメータ)GPS高度補完・フロア検知薄い膜のたわみ
MEMSマイク通話・音声入力・ノイキャン静電容量型振動板
超音波指紋センサ画面内指紋認証圧電MEMS(押すと電気を生む薄膜)
OIS用MEMSアクチュエータ光学手ブレ補正電磁式の駆動部品

加速度センサとジャイロを組み合わせたIMU(慣性計測ユニット)はナビゲーション・ゲームコントローラ・VR/ARの姿勢追跡にも使われます。カメラが複数ある機種ではレンズごとにOIS用MEMSが入るため、ハイエンドモデルでは15個以上の搭載例もあります(STMicroelectronics)。

エアバッグが「衝突後10ミリ秒以内」に動ける理由

MEMSの産業化を最初に牽引したのは自動車のエアバッグです。衝突時の急激な減速(30 G超)を10〜20 ms以内に検出して起爆信号を出す必要があります。しかし従来のメカニカルスイッチでは小型化・量産・コスト削減に限界がありました。

1991年、Analog DevicesがADXLシリーズとして表面微細加工型MEMS加速度センサを量産化しました。半導体プロセスでシリコン上にバネ・錘・検出電極を一体形成し、エアバッグの制御装置に搭載可能なサイズとコストを実現した最初の商業製品です(Analog Devices)。

現代の乗用車1台には加速度センサ・ジャイロ・圧力センサを合わせて数十個のMEMSが入ります。ADAS(自動ブレーキ・車線維持などの運転支援システム)の高度化と電動化(EVの駆動モーター姿勢制御)で、車載向けMEMSは市場全体の約30%を占め続けています(要確認)。

どうやって「動く部品」を作るのか——DRIEと犠牲層リリース

MEMSの特徴的な製造工程はDRIE(深堀り反応性イオンエッチング)です。1990年代にドイツのBoschが開発した手法で「Boschプロセス」とも呼ばれます。

DRIEの核心は次の2ステップを秒単位で交互に繰り返すことです。

  1. 削るステップ: フッ素系のガスでシリコンを数μmする
  2. 守るステップ: 別のガスで側壁に保護膜をし、横方向の侵食を防ぐ

そして、この繰り返しにより、幅10 μmで深さ100 μm以上(アスペクト比10:1超)の垂直な溝や穴を掘り進みます。パターニングには通常の半導体と同様にと(フォトリソグラフィ)を使います(Bosch Sensortec GmbH)。

工程の最後は「リリース」です。可動部の下を支えているガラス質の層(犠牲層)だけを、薬液で選択的に溶かして除去します。これによって、バネや錘が初めて自由に動ける状態になります。1枚のから数千〜数万個の微細センサが同時に量産できる点は、通常の半導体製造と同じ大量生産の強みそのものです。

主要3社はどう棲み分けているのか

MEMS市場は用途別に明確な棲み分けがあります。

STMicroelectronics(コンシューマ首位): Appleを含む主要スマートフォン向けにMEMS加速度センサとジャイロスコープを供給する業界最大手の一角。同社のIMUは数億個規模で出荷されており、圧力センサ・MEMSマイクも展開します(STMicroelectronics)。

Bosch Sensortec(車載首位): 車載向けMEMSで世界最大手。衝突検知・ブレーキ制御・横転防止向けの加速度センサ・ジャイロを供給するとともに、スマートフォン向けに温度・湿度・気圧を1チップにまとめた環境センサも展開します(Bosch Sensortec GmbH)。

TDK-InvenSense(ジャイロ・マイク特化): 2015年にTDKが旧InvenSenseを買収して誕生。スマートフォン・Apple AirPodsなどウェアラブル向けにMEMSジャイロスコープ・IMUを供給し、MEMS音声マイクも有力です(InvenSense)。

さらに、MEMSの応用範囲はセンサに留まりません。Texas InstrumentsのDLP(Digital Light Processing)チップは1987年に開発されたMEMSミラーアレイで、映画館や産業プロジェクターで今も使われています。数百万個のマイクロミラーを高速で傾けて光を変調する光学MEMSの代表例です(Texas Instruments)。

MEMSの市場規模はどこまで拡大するか

世界のMEMSデバイス市場は2024年時点で約130億ドルと推計され、2030年に向けて年率約9%で成長し約200億ドル規模に達する見通しです(Yole Group)。

成長の3本柱があります。第1は車載MEMSの拡大——ADASの高度化とEVのモーター姿勢制御でIMUや圧力センサの搭載数が急増します。第2はIoT・スマートファクトリー——産業ロボットや自律搬送機の位置・姿勢制御に6軸以上のIMUが標準装備されます。第3はエッジAI連携——「エッジAI」とMEMSセンサが「センサフュージョン」(複数のセンサ情報の統合処理)で結び付き、スマートスピーカー・医療デバイスへ展開されます。

また「5G/6Gの基地局」では、高精度な発振周波数を実現するRF-MEMSフィルタが使われており、MEMSはモバイル通信インフラにも静かに組み込まれています。「光半導体」のデバイス製造とも製造プロセスの重なりが大きく、「シリコンで光・機械・電気を同時に扱う」半導体技術の広がりを象徴する存在です。

この記事のまとめ

  • MEMSはシリコンウェハーにバネ・錘・振動板など「動く部品」を彫り込んだ半導体で、スマートフォン1台に10種類以上が搭載されます。
  • 加速度センサはくし型電極の静電容量変化、ジャイロはコリオリ力(回転で生じる見かけの力)、気圧センサは薄い膜のたわみを電気に変換します。
  • 製造の核心はDRIE(Boschプロセス)——シリコンを削る工程と側壁を守る工程を交互に繰り返して深さが幅の10倍を超える垂直構造を彫り、犠牲層リリースで可動部を解放します。
  • 世界市場は2024年約130億ドル→2030年約200億ドル(CAGR約9%)で成長、車載ADAS・IoT・エッジAIが牽引。
  • 主要企業はSTMicro(コンシューマ首位)・Bosch Sensortec(車載首位)・TDK-InvenSenseで、用途特化の棲み分けが鮮明。

この記事のまとめ

  • MEMSはシリコンウェハーにバネ・錘・振動板など「動く部品」を彫り込んだ半導体で、スマートフォン1台に10種類以上が搭載される。
  • 加速度センサはくし型電極の静電容量変化、ジャイロはコリオリ力(回転で生じる見かけの力)、MEMSマイクは振動板の変位を電気に変換する。
  • 製造の核心はDRIE(Boschプロセス)——シリコンを削る工程と側壁を守る工程を交互に繰り返して深さが幅の10倍を超える垂直溝を彫り、犠牲層リリースで可動部を解放する。
  • 世界市場は2024年約130億ドル→2030年約200億ドル(CAGR約9%)で成長、車載ADAS・IoT・エッジAI連携が牽引。
  • 主要企業はSTMicro(コンシューマ首位)・Bosch Sensortec(車載首位)・TDK-InvenSenseで、用途特化の棲み分けが鮮明。
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よくある質問(FAQ)

Q.MEMSとはどういう半導体ですか?+

MEMS(微小電気機械システム)は、シリコンウェハーに数マイクロメートル〜数百マイクロメートルの「動く機械部品」(バネ・錘・振動板など)を彫り込んで、電子回路と一体化したデバイスです。加速度センサ・ジャイロスコープ・MEMSマイク・気圧センサなどに使われ、スマートフォン1台に10種類以上が搭載されています。

Q.MEMSの加速度センサはどうやって傾きを測るのですか?+

中央にシリコン製の錘(プルーフマス)があり、加速度が加わると錘がバネを通じてわずかに動きます。錘に付いたくし型のコーム電極と固定電極の間隔が変わると静電容量が変化するので、その電気量の変化を回路が検出して加速度の大きさと方向を算出します。

Q.MEMSはどのように製造するのですか?+

通常の半導体と同様にフォトリソグラフィでパターンを描いた後、DRIE(深堀り反応性イオンエッチング)と呼ばれる工程でシリコンを深く垂直に削ります。最後に犠牲層(下の支え層)を薬液で溶かす「リリース」という工程で、バネや錘が自由に動ける状態になります。

Q.MEMS市場で主要な企業はどこですか?+

コンシューマ向け(スマートフォン・ウェアラブル)はSTMicroelectronicsが最大手で、Apple向けなどに加速度センサとジャイロを大量供給しています。車載向けはBosch Sensortecが首位です。ジャイロスコープに特化したTDK-InvenSenseも主要プレーヤーで、MEMSマイクはKnowles Corporationが強みを持ちます。

用語集

エッチング/ etching
レジストに覆われていない部分の膜を、気体や薬液で削り取り、回路パターンを膜に刻む工程。
ウェハー/ wafer
半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
フォトレジスト/ photoresist
露光で回路パターンを写すために、ウェハーに塗る感光性の薬剤。これがないと回路を焼けない。
露光(リソグラフィ)/ lithography
回路の原版(マスク)を通して光を当て、回路パターンをチップに転写する工程。半導体製造の心臓部。
成膜(せいまく)・塗布/ deposition / coating
ウェハー表面に、配線や絶縁体になる薄い膜を一様につける工程。液体を塗る『塗布』も含む。

参考資料・引用元

  1. Silicon as a Mechanical Material調査会社
    Kurt E. Petersen / IEEE (Proceedings of the IEEE, Vol. 70, No. 5, pp.420-457)(1982-05)— 使用箇所: シリコンのヤング率(約170 GPa・鉄に匹敵)・降伏強度・疲労破壊のなさなど機械材料としての優れた特性を体系的に示した先駆的論文。MEMSが半導体製造技術を応用した産業として離陸するきっかけを作った(要確認)
    https://ieeexplore.ieee.org/document/1456503
  2. Status of the MEMS Industry 2025調査会社
    Yole Group(2025)— 使用箇所: 世界のMEMSデバイス市場は2024年約130億ドル規模、2030年に向けて年率約9%で成長し約200億ドルに達するという業界予測(要確認)
    https://www.yolegroup.com/product/report/status-of-the-mems-industry-2025/
  3. MEMS & Sensors — Product Overview一次情報
    STMicroelectronics(2025)— 使用箇所: STMicroelectronicsがApple iPhoneを含む主要スマートフォン向けにMEMS加速度センサ・ジャイロスコープを大量供給。iNEMOシリーズのIMU(慣性計測ユニット)は数億個規模で出荷(要確認)
    https://www.st.com/en/mems-and-sensors.html
  4. Motion Sensors — Accelerometers & IMUs一次情報
    Bosch Sensortec GmbH(2025)— 使用箇所: BoschはMEMS加速度センサで車載向け最大手。スマートフォン向けにBMI/BME系列のIMU・環境センサ(温度・湿度・気圧複合型)を展開。DRIEを用いた高アスペクト比MEMS製造技術を持つ(要確認)
    https://www.bosch-sensortec.com/products/motion-sensors/
  5. Motion Tracking Devices — InvenSense by TDK一次情報
    InvenSense(TDK)(2025)— 使用箇所: TDK-InvenSenseはスマートフォン・ウェアラブル向けMEMSジャイロスコープ・IMUの主要サプライヤ。TDKが2015年に旧InvenSenseを約12億ドルで買収(要確認)
    https://invensense.tdk.com/products/motion-tracking/
  6. ADXL50 データシート(表面微細加工型MEMS加速度センサ)一次情報
    Analog Devices(1991)— 使用箇所: 1991年に量産化されたSMF-MEMS型のエアバッグ用加速度センサ。シリコン上にバネ・錘・検出電極を一体形成し車載MEMSを初めて商業化した(要確認)
    https://www.analog.com/en/products/adxl50.html
  7. DLP Technology Overview(デジタルマイクロミラーデバイス)一次情報
    Texas Instruments(2025)— 使用箇所: テキサス・インスツルメンツのDMD(Digital Micromirror Device)は1987年に発明されたMEMSミラーアレイ。映画館・産業プロジェクター向けに光変調MEMSとして今も量産。MEMSの応用がセンサ以外にも及ぶことを示す代表例(要確認)
    https://www.ti.com/technologies/dlp/overview.html

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