世界で生産される半導体のおよそ3分の1に、JSRのフォトレジストが使われています。合成ゴムの国策会社として1957年に生まれた同社は、いまや最先端の露光工程に欠かせない「感光材」の世界大手です。特にEUV用レジストでは米Inpria(インプリア)買収で金属系という有力カードを握り、2024年には産業革新投資機構(JIC)が買収して非公開化しました。その正体を事業構成・技術・競争構造から読み解きます。

「チップの土台も塗る薬も、ほとんど日本製だった」で見たように、半導体材料の多くは日本企業が握っています。ウェハーの「信越化学」が「土台」なら、JSRはそこに塗る「感光材」の担い手です。業界の役割分担は「半導体メーカーは、6つの役割で見ると一気にわかる」も合わせて読むと、JSRの位置づけが立体的に見えてきます。

ひとことで言うと(初心者向け)

JSRは、半導体の回路を写すために使う感光性の薬剤(フォトレジスト)を作る会社です。もとは合成ゴムの会社でしたが、いまは世界の半導体の約3分の1に同社のレジストが使われる材料大手になりました。完成品に名前は出ませんが、最先端チップ作りに欠かせない縁の下の存在です。

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構造で言うと(投資家向け)

フォトレジストで世界上位の一角。2025年3月期は連結売上収益4,050億円で、半導体材料を含むデジタルソリューション事業が利益の柱。ArFで高シェア、Inpria買収でEUV用の金属系レジストに先行。純度と顧客認定が参入障壁の消耗品ビジネスでスイッチングコストが高い。2024年にJIC傘下で非公開化し、ライフサイエンス事業の整理を進めている。

JSR株式会社とはどんな会社か

JSR株式会社とは、半導体製造に欠かせないフォトレジストの世界大手として知られる、日本の材料メーカーです。1957年に合成ゴムの国産化を担う国策会社「日本合成ゴム株式会社」として設立され、自動車タイヤなどに使う合成ゴムで成長しました。その後、1997年に社名を「JSR」へ変更し、合成ゴムで培った高分子(ポリマー)技術を土台に、半導体材料へと事業の軸足を移してきました。

2025年3月期(2024年4月〜2025年3月)の連結売上収益は4,050億円、従業員は約7,645名で、海外売上比率は70.2%に達します。研究開発費は342億円と、売上の約8%を投じる研究開発型の企業です(JSR株式会社)。

特徴は「ゴムから先端材料へ」という大胆な事業転換です。完成したスマートフォンやAIサーバーにJSRの名前は出てきませんが、それらのチップを作る露光工程の薬剤に、同社の製品が深く入り込んでいます。

JSRの売上はどの事業で構成されているか

JSRの事業は、大きく3つのセグメントで構成されています。柱は半導体材料を中心とする「デジタルソリューション事業」で、ほかに診断・創薬支援の「ライフサイエンス事業」、ABS樹脂などの「合成樹脂事業」があります。デジタルソリューション事業には、フォトレジストなどの電子材料に加え、液晶・有機ELなどのディスプレイ材料も含まれます。

直近で監査済みのセグメント別売上収益(2024年3月期)は次の通りです。

セグメント主な製品売上収益(2024年3月期)構成比
デジタルソリューション事業フォトレジスト・多層材料・実装材料・CMP材料・ディスプレイ材料約1,681億円約41.5%
ライフサイエンス事業診断・研究試薬・バイオプロセス材料・創薬支援約1,297億円約32.1%
合成樹脂事業ABS樹脂などの合成樹脂約928億円約22.9%
その他事業アクリルエマルジョン・防水材 等約140億円約3.5%

(出典:JSR株式会社)

売上規模ではデジタルソリューションとライフサイエンスが拮抗しますが、利益の柱は半導体材料です。2025年3月期は全社の営業利益が△2,091億円(ライフサイエンス事業の減損や買収に伴う償却の影響)となった一方、これらを除いたコア営業利益は2億円でした。半導体材料は底堅く稼ぎ、ライフサイエンス事業の不振がそれを打ち消す構図になっています(JSR株式会社)。

JSRの技術的な強みはどこにあるか

JSRの技術的な強みは、フォトレジスト、とりわけEUV用レジストでの先行にあります。フォトレジストとは、ウェハーに塗り、光を当てると性質が変わる感光性の薬剤のことです。装置がこの膜に回路パターンの光を当て、現像すると回路の形が浮かび上がります。回路の微細さは、この薬剤の解像力に直接左右されます。

JSRは合成ゴムで培った高分子設計の技術を、レジストの分子設計に応用してきました。最先端ロジック向けのArF液浸(レンズとウェハーの間を水で満たして解像度を高める露光方式)用で高いシェアを持ち、世界で生産される半導体のおよそ3分の1に同社のレジストが使われるとされます。膜にわずかな欠陥や異物があるだけで回路が不良になり、(良品の割合)が下がるため、純度と再現性の作り込みが競争力の核です。

さらに同社は2021年、米Inpria(インプリア)を約5.14億ドルで買収しました。Inpriaは金属系(メタルオキサイド)のレジストで世界をリードする企業で、従来の有機系レジストとは原理が異なり、より微細な回路を高い解像度で写せるとされます。最先端の「EUV露光装置とASML」が回路を焼くとき、その感光材の有力候補としてJSRの金属系レジストが控えている構図です。

サプライチェーンの中でJSRはどんな役割か

JSRはサプライチェーンの上流に位置し、ファウンドリとIDM(自社で設計から製造まで行う半導体メーカー)に露光工程の消耗品を供給します。チップを作るには、回路の世代()ごとに最適化されたレジストを、ウェハー1枚ごとに塗布して消費します。そのため、生産が続く限りレジストは継続的に発注され、これが安定収益の源になります。

ここで効くのが認定(クオリフィケーション)の重みです。半導体メーカーは新しいレジストを採用する前に、長期間にわたって試作と評価を繰り返し、自社の量産工程に合わせて品質を作り込みます。いったん組み込まれると簡単には他社製に切り替えられず、スイッチングコスト(乗り換え費用)が高くなります。

生成AI向けの先端チップが増えるほど、最先端ノードでの露光回数が増え、レジストの需要も伸びます。つまり、AIサーバー需要の拡大が、上流の材料メーカーであるJSRまで波及する関係です。

JSRの市場ポジションと競争構造はどうなっているか

JSRは先端リソグラフィー用フォトレジスト薬剤で世界首位級とされ、調査会社の集計では2024年に世界シェア2割超を握るとされます。フォトレジストは日本企業5社(JSR・東京応化工業・信越化学・富士フイルム・ダウやメルク系を含む)で世界シェアの約9割を占める寡占市場で、JSRはその筆頭格の一角です(東洋経済オンライン)。

この市場の競争構造を、「誰と、どんな力関係で戦っているか」という5つの視点で整理すると次のようになります。

力主体強さ理由
競合東京応化工業・信越化学・富士フイルム・Merck(メルク)中〜高上位数社で世界の大半を占める。価格より解像力と品質で競う
買い手の交渉力TSMC・サムスン・インテル等ファウンドリ/IDM中〜高大口で価格圧力はあるが、認定済みの代替材料が少ない
供給者の交渉力高純度の原料樹脂・溶剤・特殊薬品中高純度原料の調達網は限られるが分散は可能
新規参入—低純度・解像力の作り込みと顧客の認定実績が高い壁
代替品ナノインプリント等の非露光技術低一部用途のみ。先端ロジックの主役は光露光とレジスト

最大の参入障壁は、純度と顧客の認定実績です。最先端ノードの要求水準でレジストを安定供給できる企業は世界に数社しかなく、長年の品質認定がなければ採用されません。価格だけで競う市場ではないため、上位企業の地位が崩れにくい構造です。半導体材料の供給網としての日本勢の強さは「チップの土台も塗る薬も、ほとんど日本製だった」で詳しく扱っています。

JSRが抱える弱み・リスクは何か

最大の弱みは、ライフサイエンス事業の不振です。バイオ医薬品の開発・製造受託を中心とするこの事業は赤字が続き、2025年3月期には大規模な減損損失を計上しました。これが全社の営業損益を押し下げ、2025年3月期の営業利益は△2,091億円となりました。

半導体材料側も市況サイクルと無縁ではありません。ファウンドリの設備投資や半導体在庫の調整局面では、レジストの需要も一時的に鈍ります。加えて、収益が半導体材料という特定領域への集中度が高く、AI需要という単一の追い風に業績が引っ張られやすい面もあります。

経営面では、2024年から産業革新投資機構(JIC)の傘下に入り非公開化されたため、再上場までの数年は親会社主導の事業再編が続きます。再編の過程で事業ポートフォリオが大きく動く可能性があり、不確実性が残ります。

JSRの最近の動向はどうか

最近のJSRは「半導体材料への集中」と「EUVレジストの増強」を同時に進めています。2024年4月、産業革新投資機構(JIC)系の買収主体による株式公開買付け(TOB)が成立し、JSRは同年6月に東京証券取引所プライム市場で上場廃止となりました。買収総額は約9,000億円規模とされ、現在はJICが実質100%を保有する非公開会社です。短期の業績圧力から離れ、長期の構造改革と先端投資に専念する狙いです(DigiTimes)。

EUVレジストでは、2021年買収のInpria由来の金属系レジストの事業化を加速しています。2024年には、関東エリアに金属系レジスト用の開発拠点を新設し、韓国・清州のJSR Micro Koreaに最終生産工程を担う工場を建設すると発表しました。韓国工場は2026年の稼働を予定し、大口顧客での採用検討に合わせて品質保証と生産能力を確保する計画です(JSR株式会社)。

一方でライフサイエンス事業は整理が進み、体外診断用医薬品事業をトクヤマへ約820億円で売却するなど、半導体材料を軸とした再編が動いています(JSR株式会社)。

派手な話題にはなりにくい企業ですが、AI時代のチップが微細化するほど、回路を写す「感光材」を握るJSRの存在感は静かに高まっています。

この記事のまとめ

  • JSRは1957年に合成ゴムの国策会社として生まれ、いまや世界の半導体の約3分の1に自社フォトレジストが使われる材料大手である。
  • 2025年3月期の連結売上収益は4,050億円で、半導体材料を含むデジタルソリューション事業が利益の柱、ほかにライフサイエンス・合成樹脂事業を持つ。
  • 強みはEUV用レジストでの先行で、2021年のInpria買収で金属系(メタルオキサイド)EUVレジストを取り込んだ。
  • 顧客はファウンドリとIDMで、フォトレジストは純度と認定が参入障壁になる消耗品ゆえスイッチングコストが高い。
  • 2024年に産業革新投資機構(JIC)が買収して非公開化。リスクは市況連動・ライフサイエンス事業の不振・特定材料への集中である。

この記事のまとめ

  • JSRは1957年に合成ゴムの国策会社として生まれ、いまや世界の半導体の約3分の1に自社フォトレジストが使われる材料大手である。
  • 2025年3月期の連結売上収益は4,050億円で、半導体材料を含むデジタルソリューション事業が柱、ほかにライフサイエンス・合成樹脂事業を持つ。
  • 強みはEUV用レジストでの先行で、2021年のInpria買収で金属系(メタルオキサイド)EUVレジストを取り込んだ。
  • 顧客はファウンドリとIDMで、フォトレジストは純度と認定が参入障壁になる消耗品ゆえスイッチングコストが高い。
  • 2024年に産業革新投資機構(JIC)が買収して非公開化。リスクは市況連動・ライフサイエンス事業の不振・特定材料への集中である。
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よくある質問(FAQ)

Q.JSR株式会社とはどんな会社ですか?+

JSRは、半導体製造に不可欠なフォトレジスト(露光で回路を写す感光性の薬剤)の世界大手の材料メーカーです。1957年に合成ゴムの国策会社「日本合成ゴム」として設立され、のちに半導体材料へ軸足を移しました。2025年3月期の連結売上収益は4,050億円で、現在は産業革新投資機構(JIC)の傘下で非公開化されています。

Q.JSRのフォトレジストは世界でどれくらい使われていますか?+

JSRは、世界で生産される半導体のおよそ3分の1に自社のフォトレジストが使われるとされ、レジスト市場で世界上位の一角を占めます。特に最先端ロジック向けのArF液浸(水を介して解像度を高める露光方式)用レジストで高いシェアを持ち、調査会社の集計では先端リソグラフィー用フォトレジスト薬剤で世界首位級(2024年)とされます。

Q.JSRの強みはどこにありますか?+

最大の強みはEUV用レジストでの先行です。2021年に米Inpria(インプリア)を買収し、金属系(メタルオキサイド)EUVレジストという有力な技術を取り込みました。フォトレジストは純度と顧客の認定が参入障壁になる消耗品で、いったん量産工程に採用されると乗り換えが起きにくく、安定した取引が積み上がります。

用語集

フォトレジスト/ photoresist
露光で回路パターンを写すために、ウェハーに塗る感光性の薬剤。これがないと回路を焼けない。
EUV/ Extreme Ultraviolet 極端紫外線
波長の短い光で微細な回路を焼き付ける最先端の露光技術。装置はASMLが独占。
露光(リソグラフィ)/ lithography
回路の原版(マスク)を通して光を当て、回路パターンをチップに転写する工程。半導体製造の心臓部。
歩留まり/ yield ヨミ:ぶどまり
1枚のウェハーから取れるチップのうち、欠陥のない良品の割合。
ウェハー/ wafer
半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
ノード(プロセス)/ process node
製造プロセスの世代を表す呼び名(例:3nm)。小さいほど高性能・省電力になりやすい。

参考資料・引用元

  1. 有価証券報告書(2024年4月-2025年3月)一次情報
    JSR株式会社(EDINET)(2025-06)— 使用箇所: 設立・沿革、2025年3月期 連結売上収益4,050億円・従業員約7,655名、JIC傘下、ライフサイエンス事業売却
    https://www.jsr.co.jp/ir/library
  2. JSRレポート2025(統合報告書)At a Glance一次情報
    JSR株式会社(2025-11)— 使用箇所: 創業1957年、売上収益4,050億円、海外売上比率70.2%、R&D342億円・設備投資284億円
    https://www.jsr.co.jp/ir/library
  3. 2024年3月期 決算短信〔IFRS〕セグメント情報一次情報
    JSR株式会社(2024-04)— 使用箇所: セグメント別売上(デジタルソリューション41.5%/ライフサイエンス32.1%/合成樹脂22.9%/その他3.5%)
    https://www.jsr.co.jp/ir/library
  4. JSRに見る、「半導体材料」で日本が躍進する訳報道
    東洋経済オンライン(2023-03)— 使用箇所: 世界の半導体の約3分の1にJSRレジスト使用、日本5社で世界シェア約9割、JSRはトップクラス
    https://toyokeizai.net/articles/-/646194
  5. JSR Agrees to Acquire EUV Pioneer Inpria Corporation一次情報
    JSR Corporation / Business Wire(2021-09)— 使用箇所: 2021年Inpria買収(約5.14億ドル)、金属系(メタルオキサイド)EUVレジストで世界リード
    https://www.businesswire.com/news/home/20210917005084/en/JSR-Agrees-to-Acquire-EUV-Pioneer-Inpria-Corporation
  6. JSR、最先端フォトレジストのグローバル開発・生産体制を拡充一次情報
    JSR株式会社(2024-08)— 使用箇所: 関東のMOR開発拠点新設、韓国・清州にMOR最終生産工場建設(2026年稼働予定)
    https://www.jsr.co.jp/news/2024/20240830.html
  7. Japan's JIC successfully acquires JSR with delisting expected報道
    DigiTimes(2024-04)— 使用箇所: JIC系によるTOB成立(2024年4月)、買収総額約9,000億円規模、2024年6月に上場廃止・非公開化
    https://www.digitimes.com/news/a20240419PD204/jsr-japan-ic-manufacturing-delisting.html

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