世界の最先端半導体チップを焼き付ける「原版」フォトマスクの素材──マスクブランクス──の大半は、眼鏡レンズや内視鏡でも知られるHOYAが供給しています。EUV露光装置が必要とする「熱膨張を10億分の1℃以下に抑えるガラス」という壁が、参入を阻み続けている理由でした。

TSMCやIntelが2nm以下の最先端チップを量産するとき、製造工程は必ずHOYAの製品を経由します。それがフォトマスクブランクスです。半導体業界の外では「眼鏡レンズの会社」として知られるHOYAが、なぜここまで重要な位置に立てたのか、技術と事業構造の両面から解説します。

ひとことで言うと(初心者向け)

フォトマスクは半導体回路の『原版』で、マスクブランクスはその素材となる特殊ガラス板です。EUV用は熱膨張がほぼゼロという超精密ガラスが必要で、HOYAはその製造技術で世界の最先端チップ生産を支えています。

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構造で言うと(投資家向け)

HOYAはEUVマスクブランクスとHDD用ガラスディスクの主要供給者。半導体の微細化が進むほど使用マスク枚数と単価が上がる構造で、AI投資サイクルと先端ノード拡大がITセグメントの長期成長を下支えします。

マスクブランクスとは何か、なぜ半導体製造に必須なのか

とは、光を使って回路パターンをに焼き付けるプロセスです。その際に使う回路の「型」がフォトマスクです。カメラのネガフィルムに相当し、1枚のマスクが同じパターンをウェハー上の何百ものチップ領域に繰り返し転写します。最先端チップ1世代を製造するには、層ごとに異なるマスクが数十〜100枚以上必要です。

マスクブランクスは、フォトマスクを作る前の「無地の原板」です。写真でいえば、まだ何も撮影していない未現像のフィルムに近い存在です。ガラス基板に遮光膜やEUV用の多層反射膜をコーティングした状態で出荷されます。この原板を受け取ったフォトマスクメーカー(凸版印刷・大日本印刷・Photronicsなど)が、電子ビームで回路パターンを描画してフォトマスクを完成させます。なお、EUV用フォトマスク1枚の価格は数千万円を超えることもあります。

詳しいフォトマスク製造の流れは「フォトマスクはどうやって作られるか」で解説しています(業界解説)。

なぜEUV用マスクブランクスはこれほど難しいのか

は波長13.5nmの光を使う最先端露光技術で、従来の露光光(波長193nm)の約1/14と短い。空気中に吸収されるため露光装置内部は真空になり、さらにEUVは「透過させる」のではなく「反射させる」方式を採用します。このため、マスクも透過型ではなく反射型になります。

EUV用マスクブランクスには、次の技術的難関が同時に求められます。

要求仕様内容
低熱膨張ガラス基板熱膨張係数±1ppb/K以下(10億分の1℃以下)
表面粗さ0.1nm RMS以下(原子1〜2個分の精度)
Mo/Si多層反射膜モリブデン(Mo)とシリコン(Si)を約40層交互に成膜
無欠陥性製品全面でのゼロ欠陥が前提

「ppb/K」という単位は、温度が1℃変化しても基板の長さが10億分の1しか変わらないことを意味します。露光中にマスクが微妙に温度変化しても回路の位置精度が崩れないための要件です。この基板には米コーニングや独SCHOTTが作る超低熱膨張ガラスが使われます。その上にMo/Si多層膜を精密に積み重ねることで、EUV光を高効率に反射します(HOYA株式会社)(Semiconductor Engineering)。

HOYAはどんな会社か──光学ガラスからEUV素材へ

HOYAは1941年に東京・豊島区で山中梅吉が「保谷硝子」として光学ガラスの製造・販売を目的に創業しました。眼鏡レンズのガラス研磨技術を起点に、60年以上をかけて精密ガラス応用先を広げ、現在は大きく2セグメントを持ちます。

  • ヘルスケア:眼鏡レンズ(プラスチックレンズで世界最大規模)・眼内レンズ・医療用内視鏡
  • IT(情報技術):フォトマスクブランクス・HDD用ガラスディスク

売上構成はヘルスケアが約7割を占める一方、ITセグメントは高い利益率を持ちます。フォトマスクブランクスとHDD用ガラスはいずれも参入障壁が高い寡占市場であり、半導体製造サプライチェーンの急所に位置しています(HOYA株式会社 IR)。

なぜHOYAはHDD用ガラスディスクでも独占的なのか

HOYAが半導体文脈で見落とされがちなもう一つの事業が、HDD(ハードディスク)用ガラスディスクです。従来のアルミニウム基板と比べてガラス基板は表面粗さを1nm以下に抑えられます。そのため、磁気ヘッドをディスク面により近づけて高密度記録を実現できます。AIの計算処理に必要な大規模ストレージ需要の拡大とともに、高密度HDDの需要は堅調です。HOYAはこの分野でも有力サプライヤとして地位を確立しています(HOYA株式会社)。

なぜ競合が増えないのか──三重の参入障壁

EUVマスクブランクス市場への新規参入が難しい理由は、3つの壁が重なるためです。

第一の壁は素材の難しさです。低熱膨張ガラスは純粋なシリカ(SiO₂)に酸化チタン(TiO₂)を精密な比率で添加することで熱膨張をゼロに近づけます。この組成制御と均一な大型ガラス製造は、数十年の開発で磨かれたノウハウです。

第二の壁は技術の精度です。Mo/Si多層膜は各層の厚さを0.1nm単位で制御しながら約40層を積み重ねる必要があります。成膜装置の精度・工場の温湿度管理・基板全面の膜厚均一性がを直接左右します。

第三の壁は顧客の認定プロセスです。TSMCやSamsung、Intelといった(他社の設計を受託製造する会社)がマスクブランクスのサプライヤを切り替えるには、歩留まり再評価・長期信頼性試験・品質認定が必要です。これには数年単位の期間を要するため、一度採用されたサプライヤは世代交代まで外されにくい構造です。ファウンドリを含む半導体業界の分業構造は「半導体メーカーは、6つの役割で見ると一気にわかる」で整理しています。

こうして、この「素材×成膜×認定」の三重の壁が、HOYAとAGCを中心とした少数サプライヤ体制を固定化しています。まるで、鍵穴の形状(素材)・鍵を削る精度(成膜)・持ち主の本人確認(顧客認定)の3つが同時に合わないと開かない金庫のような構造です。

初心者向け
ガラスの純度、コーティングの精度、顧客の信頼という3つの条件がすべて揃わないと、この市場には参入できません。だからHOYAとAGCという少数の会社しか作れないのです。

HOYAはLasertecやASMLとどうつながっているのか

最先端チップ量産を支えるサプライチェーンには、HOYAだけでなく複数の企業が連鎖しています。HOYAがマスクブランクスを出荷 → フォトマスクメーカー(凸版・DNP・Photronicsなど)が電子ビームで回路パターンを描画 → 「レーザーテック(Lasertec)が専用装置でマスクの欠陥を検査」 → ASMLのEUV露光装置がウェハーに焼き付ける──という流れです。

このチェーンの各段階が世界的に独占的なシェアを持つ企業に集中しており、日本企業がマスクブランクスと欠陥検査という2つの工程を担っています。「ASMLとEUV露光装置の仕組み」も参照ください(レーザーテック IR)。

High-NA EUVでマスクブランクスへの要求はどう変わるのか

次世代の High-NA EUV(開口数=レンズが光を取り込む能力を0.33から0.55へ高めた方式)では、マスクブランクスへの要件がさらに厳しくなります。開口数の増大により一度に焼き付けられる範囲が半分に縮むため、同じチップを製造するのに必要なマスク枚数は増加します。同時に、より短い実効波長相当を狙う構造変化によって、表面粗さと欠陥密度の規格がさらに厳しく設定される見込みです。これは実質的に、既存の少数サプライヤ以外での新規参入が一層困難になることを意味します(ASML/媒体集計)。

「High-NA EUVの仕組みと意義」で、次世代露光装置の詳細を確認できます。

HOYAは日本の半導体材料クラスターでどう位置づけられるのか

HOYAは「日本の半導体材料の国際的な強み」を体現する企業の一つです。(回路パターンを転写するための感光材料)の東京応化工業・JSR・信越化学、シリコンウェハーの信越・SUMCOと並び、HOYAは「露光の核心を支える光学精密ガラス」で国際的な地位を持ちます。いずれも最終製品では目立たない上流材料です。しかし、その代替不能性と採用後の切り替えコストの高さが、長期的な市場地位を維持させる構造になっています。

この記事のまとめ

  • フォトマスクブランクスは半導体露光で使う「原版(フォトマスク)」の素材ガラス板で、HOYAはEUV向けでAGCと並ぶ世界の主要サプライヤ。
  • EUV用は熱膨張係数±1ppb/K以下・Mo/Si約40層成膜・表面粗さ0.1nm RMS以下という三重の超精密要件が参入障壁を形成する。
  • HOYAはHDD用ガラスディスクでも主要サプライヤで、AI時代の大容量HDD需要が同事業を下支えする。
  • 新規参入の難しさは素材技術・成膜精度・顧客認定(数年かかる)の三重の壁で維持されている。
  • HOYAのマスクブランクス→フォトマスクメーカー→Lasertecの検査→ASMLのEUV露光という連鎖が、世界の最先端チップ量産を支える。

この記事のまとめ

  • フォトマスクブランクスは半導体露光で使う『原版(フォトマスク)』の素材ガラス板で、HOYAはEUV向けで世界の主要サプライヤ。
  • EUV用には熱膨張係数±1ppb/K以下・Mo/Si約40層・表面粗さ0.1nm RMS以下という三重の超精密要件があり、参入障壁が極めて高い。
  • HOYAはHDD用ガラスディスクでも主要サプライヤで、AI時代の大容量HDDニーズが需要を下支えする。
  • 新規参入の難しさは素材技術・成膜精度・顧客認定(数年)の三重の壁で維持されている。
  • HOYA→フォトマスクメーカー→Lasertec検査→ASMLのEUV露光という連鎖が、世界の最先端チップ生産を支えている。
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よくある質問(FAQ)

Q.HOYAはフォトマスクメーカーですか、それともマスクブランクスメーカーですか?+

HOYAはフォトマスクの原板(素材)となる『マスクブランクス』を製造するメーカーです。フォトマスク(回路パターンを電子ビームで描いた完成品の原版)を製造する凸版印刷・大日本印刷・Photronicsとは役割が異なります。HOYAは特にEUV露光に対応した低熱膨張ガラス基板にMo/Si多層反射膜を成膜したEUVマスクブランクスで世界の主要サプライヤの地位を占め、半導体の最先端チップ生産を素材面から支えています。

Q.フォトマスクブランクスとは何ですか?+

半導体製造で使うフォトマスク(回路パターンの原版)の素材となるガラス板です。遮光膜やEUV用の多層反射膜をコーティングした「無地の原板」の状態で出荷され、フォトマスクメーカー(凸版印刷・大日本印刷・Photronicsなど)が電子ビームで回路パターンを描画して完成品のフォトマスクにします。

Q.HOYAのEUV用マスクブランクスがなぜ難しいのですか?+

EUVは波長13.5nmの光を反射で使う方式のため、マスクブランクスには①熱膨張係数±1ppb/K以下(10億分の1℃以下)の低熱膨張ガラス基板、②Mo(モリブデン)とSi(シリコン)の約40層の多層反射膜、③表面粗さ0.1nm RMS以下という三重の超精密要件が重なります。これらを同時に満たす製品を歩留まり良く製造できるメーカーは世界的に極めて限られています。

Q.HOYAはマスクブランクス以外にも半導体関連の事業がありますか?+

はい。HOYAはHDD(ハードディスク)用ガラスディスク(磁気記録媒体用ガラス基板)でも主要サプライヤです。アルミ基板と比べてガラス基板は表面粗さを抑えて高密度記録を実現できるため、AI学習用の大容量HDD向け需要が同事業の成長を後押ししています。

Q.マスクブランクス市場はHOYAだけが供給しているのですか?+

いいえ。主要サプライヤはHOYAとAGC(旭硝子)の2社です。信越化学も参入しており(EUV向けレジスト・マスクブランクス関連)、市場は少数寡占です。HOYAは特にEUV向けで高いシェアを持つとされていますが、具体的な数字は非公開です。

用語集

EUV/ Extreme Ultraviolet 極端紫外線
波長の短い光で微細な回路を焼き付ける最先端の露光技術。装置はASMLが独占。
露光(リソグラフィ)/ lithography
回路の原版(マスク)を通して光を当て、回路パターンをチップに転写する工程。半導体製造の心臓部。
歩留まり/ yield ヨミ:ぶどまり
1枚のウェハーから取れるチップのうち、欠陥のない良品の割合。
ウェハー/ wafer
半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
ファウンドリ/ foundry
他社が設計した半導体を、受託して製造する工場。代表はTSMC。
成膜(せいまく)・塗布/ deposition / coating
ウェハー表面に、配線や絶縁体になる薄い膜を一様につける工程。液体を塗る『塗布』も含む。

参考資料・引用元

  1. フォトマスクとマスクブランクスの製造・検査調査会社
    業界解説(媒体集計)(2025)— 使用箇所: 回路原版フォトマスクの製造工程・EUVマスクブランクスはHOYAが有力・凸版/DNP/Photronicsがマスク製造・Lasertecが欠陥検査
    https://www.hoya.com/
  2. レーザーテック 会社・事業情報(EUVマスク検査)一次情報
    レーザーテック IR(2025)— 使用箇所: EUVマスクブランクス/パターン付きマスク欠陥検査(ACTIS)で世界をほぼ独占・1960年創業・主要顧客はTSMC/Samsung/Intel等
    https://www.lasertec.co.jp/ir/
  3. High-NA EUV(ASML EXEシリーズ)の概要一次情報
    ASML/媒体集計(2025)— 使用箇所: 開口数NA0.33→0.55で解像度向上・1台約4億ドル級・Intelが先行採用・露光領域がハーフフィールド化しサブ2nm世代を狙う
    https://www.asml.com/en/products/euv-lithography-systems
  4. HOYA株式会社 会社情報・IR情報一次情報
    HOYA株式会社 IR(2025)— 使用箇所: 1941年設立・保谷硝子として創業。ヘルスケア(眼鏡レンズ・眼内レンズ・内視鏡)とIT(フォトマスクブランクス・HDD用ガラスディスク)の2セグメント。ITセグメントは高い利益率を維持(要確認)
    https://www.hoya.co.jp/ir/
  5. HOYA マスクブランクス事業(フォトマスク用素材)一次情報
    HOYA株式会社(2025)— 使用箇所: HOYAはArF・EUV向けフォトマスクブランクスの主要供給者。低熱膨張ガラス基板にMo/Si約40層の多層反射膜を成膜したEUV対応品を製造。AGCとともに市場を支配(要確認)
    https://www.hoya.com/en/
  6. HOYA Glass Disk(HDD用ガラスディスク)一次情報
    HOYA株式会社(2025)— 使用箇所: HDD用ガラスディスク(磁気記録媒体用ガラス基板)でHOYAは主要サプライヤ。アルミ基板比で表面粗さを抑えられ高密度記録を実現。AI学習向け大容量HDD需要が後押し(要確認)
    https://www.hoya.co.jp/
  7. EUV Mask Blanks: Materials, Suppliers and Technology Challenges業界団体
    Semiconductor Engineering(2024)— 使用箇所: EUVマスクブランクスの供給はHOYA・AGCの少数体制。低熱膨張ガラス基板(ULE/CLEARCERAM®等)にMo/Si約40層を成膜。熱膨張係数±1ppb/K以下・表面粗さ0.1nm RMS以下が主要仕様(要確認)
    https://semiengineering.com/knowledge_centers/materials/photomask-blanks/

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