5Gスマートフォン1台の中に、100個を超えるRFフィルターが入っています。これほど多い理由は、5Gが4Gの2倍以上のバンドを同時に使うため、バンドごとに別の周波数だけを通すフィルターが必要だからです。その電波処理には、シリコンだけではない特殊な半導体材料が使われます。電子がシリコンの約6倍の速さで動くガリウム砒素(GaAs)、そして圧電体の振動で周波数を選び分けるSAW/BAWフィルター——これら「RFフロントエンド」の部品が、スマートフォンの通信を支えています。

ひとことで言うと(初心者向け)

5Gスマホの電波送受信を担うのが「RFフロントエンド」です。送信電波を強める増幅器・微弱な受信電波を拾う増幅器・目的の周波数だけを通すフィルター・回路を切り替えるスイッチの4部品が連携し、80超の周波数帯を処理します。GaAsは電子がシリコンの約6倍速く動く材料で、高周波の増幅に欠かせません。

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構造で言うと(投資家向け)

RFフロントエンド市場はSkyworks・Qorvo・Broadcom・村田・TDKの5社で世界の約90%を占める寡占市場。スマホ1台あたりのRFコンテンツ単価は4G時代の約3ドルから5G時代に約7〜10ドルへ上昇し、5G普及が市場の構造的な成長ドライバーとなっている。村田製作所はSAW/BAWフィルターで世界首位のシェアを持つ。

RFフロントエンドとは何か

スマートフォンは電波を使ってと通信します。その電波を実際に送受信・処理するのがRFフロントエンドと呼ばれる回路ブロックです。アンテナとベースバンドチップ(通信を制御する中核チップ)の間に挟まり、電波の増幅・選別・切替を担います。

RFフロントエンドを構成する主要部品は4種類あります。

部品英語名主な機能主材料
パワーアンプPA(Power Amplifier)送信信号を増幅してアンテナへ送り出すGaAs・GaN
低雑音増幅器LNA(Low Noise Amplifier)受信した微弱な電波を増幅しノイズを最小化GaAs
フィルターFilter目的の周波数だけを通し干渉をブロック圧電体(SAW/BAW)
スイッチSwitch複数のアンテナや送受信パスを切り替えるCMOS(シリコン)

これらは単体部品としてではなく、**フロントエンドモジュール(FEM)**として一体化して搭載されることが多いです。なぜなら、スマートフォンの基板スペースが限られる中で、PAとフィルターを同じパッケージに収めることで小型化と高性能化を両立できるからです。

なぜGaAsはシリコンより電波処理が得意なのか

高周波の電波を効率よく増幅するには、半導体の中で電子が速く動ける材料が必要です。この特性を表すのが**電子移動度**(単位:cm²/V·s)で、値が大きいほど高周波でも効率よく電流を制御できます。

材料電子移動度(cm²/V·s)主なRF用途
シリコン(Si)約1,400ベースバンド・スイッチ(CMOS)
ガリウム砒素(GaAs)約8,500PA・LNA(〜6GHz)
窒化ガリウム(GaN)約1,200〜2,000高出力PA・

GaAsはシリコンの約6倍の電子移動度を持ちます。この差が高周波帯での増幅効率に直結し、スマートフォンのPAやLNAに使われ続ける理由となっています。さらにGaAsはシリコンよりバンドギャップが広く(1.42 eV対1.12 eV)、高電圧での絶縁性が高いため、少ない電流で大きな電力を増幅できます。

一方でGaAsには欠点もあります。シリコンより材料コストが高く、大口径ウェハーの量産が難しいです。現在もGaAsは6インチ(150mm)が主流で、シリコンの300mmとは大きく差があります。そのためベースバンドチップのような汎用ロジックはシリコンで作り、電波を扱うPAとLNAだけGaAsを使うという役割分担が固定しています。

GaAsのPAおよびLNAを製造するのは、TSMCなどの大手ファウンドリではなく、台湾のWIN SemiconductorsなどGaAs専業ファウンドリです。Skyworks・Qorvoなど大手RF企業は自社でもGaAs工場を持つ一方、外部ファウンドリへの委託も組み合わせています。

SAWとBAWはどう違うのか

フィルターは「電波のふるい」です。目的の周波数バンドだけを通し、隣接するバンドからの干渉波をブロックする役割を担います。スマートフォンには主に2種類のフィルター技術が使われています。

SAW(Surface Acoustic Wave=表面弾性波)フィルターは、ニオブ酸リチウムなどの圧電体(電圧をかけると振動する材料)の表面を音波が伝わる際の共振現象を利用します。製造コストが低く、2.5GHz以下の周波数帯に適します。4G LTE時代の主力フィルター技術であり、現在も多くのバンドで使われています。

BAW(Bulk Acoustic Wave=体積弾性波)フィルターは、圧電体の「体積」全体で振動させる方式です。SAWよりQ値(周波数選択性)が高く、温度変化に強いです。そのため3〜6GHzの5G主力バンドに対応でき、5G化とともに急速に需要が拡大しています。ただしコストはSAWより高いです。

比較項目SAWBAW
対応周波数〜2.5GHz2GHz〜6GHz
Q値(選択性)中程度高い
製造コスト低いやや高い
温度特性やや弱い強い
5G適用バンドSub-1GHz・Band 8等n77・n78等(主力)
主要メーカー村田・TDK・京セラ村田・Skyworks・Qorvo

日本の5G主力バンドであるn77(3.6〜4.1GHz)やn78(3.3〜3.8GHz)はBAWの守備範囲です。5G普及がBAW需要を押し上げ、SAWとBAWの市場構成比が変化しつつあります。

5Gでなぜフィルター数が急増したのか

4G LTE対応スマートフォンには通常50〜60個のRFフィルターが搭載されていました。5G対応になると、この数は**100〜130個以上**に急増します。

急増の主な理由は3つあります。

① 対応バンド数の増加:5Gの対応バンド数は4Gの2倍以上(80バンド超)に達します。各バンドに専用フィルターが必要なため、搭載数が線形に増加します。

② キャリアアグリゲーション(CA)とMIMO:5Gは複数のバンドを束ねて使う「CA」と、複数のアンテナを同時に使う「MIMO」を組み合わせます。1つの通信接続に対して複数のフィルターセットが必要になる構造です。

③ mmWave(ミリ波)の追加:24〜52GHz帯のミリ波対応機種では、さらに専用の高周波フィルターモジュールが加わります。日本国内向けスマートフォンはSub-6GHz中心ですが、今後のmmWave展開でフィルター数はさらに増える見込みです。

このフィルター急増が、スマートフォン1台あたりのRF半導体コンテンツ価値を大きく押し上げます。4G時代に約3ドルだったRFコンテンツ単価は、5Gで**約7〜10ドル**へと上昇しており、5G普及がRF市場の構造的な成長ドライバーとなっています。

誰がRFフロントエンドを作っているのか

RFフロントエンド市場はグローバルで約200億ドル規模(2024年推計)です。わずか5社が約90%のシェアを握る寡占市場です。

企業国籍強み
Skyworks Solutions米国PAモジュール・アンテナチューナー・スマホ向け統合FEM
Qorvo米国PA・BAWフィルター・GaN基地局向け
Broadcom米国Wi-Fi/Bluetooth統合フロントエンドモジュール
村田製作所日本SAW/BAWフィルター世界首位・小型化技術
TDK(EPCOS)日本BAWフィルター・センサ複合モジュール

村田製作所はSAW/BAWフィルターで世界首位のシェアを持ち、日本の電子部品産業を代表する存在です。同社のフィルターは世界のスマートフォンメーカーの大多数に採用されています。「村田製作所の詳細は企業分析記事」を参照してください。

Skyworks・Qorvoはともに米国の寄りのRF専業企業(実際には自社工場も一部保有)で、GaAs PAとBAWフィルターの両方を手掛けます。Appleのサプライヤーとしても重要な地位を占めます。

GaAs PAの製造はほぼすべて、台湾のWIN Semiconductors(ウィンセミコン)などGaAs専業ファウンドリが担います。TSMCはGaAs製造を行っておらず、GaAs加工には専用の製造プロセスが必要なため、この分業構造は今後も続く見通しです。

一方で、QualcommのSnapdragonなどのベースバンドチップと組み合わせて、PAやフィルターを1つのパッケージに統合し部品点数を削減する動きも進んでいます。5G時代のスマートフォンは高集積化と多バンド対応という2つの要求を同時に満たすことが求められており、RFフロントエンドの設計は一段と複雑化しています。

関連する「アナログ半導体の基礎はこちら」で解説しています。

この記事のまとめ

  • 5Gスマートフォン1台には100個を超えるRFフィルターが搭載されます。対応バンド増加・CA・MIMOが急増の主因。
  • GaAsはシリコンの約6倍の電子移動度(約8,500対約1,400 cm²/V·s)を持ち、PA・LNAに不可欠な材料です。
  • SAWは低コストで3GHz以下に強く、BAWは高Q値で5G主力バンド(n77・n78など)を担います。5G化でBAW需要が急拡大。
  • 市場はSkyworks・Qorvo・Broadcom・村田・TDKの5社が約90%を寡占。村田がフィルターで世界首位。
  • スマホ1台あたりのRFコンテンツ単価は4G時代の約3ドルから5G時代に約7〜10ドルへ上昇し、5G普及が市場成長を牽引します。

この記事のまとめ

  • 5Gスマートフォン1台には100個を超えるRFフィルターが搭載される。マルチバンド対応とCA/MIMOが急増の主因。
  • GaAsはシリコンの約6倍の電子移動度(約8,500 cm²/V·s対約1,400)を持ち、パワーアンプと低雑音増幅器の主要材料。
  • SAWは低コストで3GHz以下に強く、BAWは高いQ値で5G主力バンドを担う。5G化でBAW需要が急拡大。
  • 市場はSkyworks・Qorvo・Broadcom・村田・TDKの5社が約90%を寡占。村田がフィルターで世界首位。
  • スマホ1台あたりのRF半導体コンテンツ価値は4G時代の約3ドルから5G時代に約7〜10ドルへ上昇。
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よくある質問(FAQ)

Q.RFフロントエンドとは何ですか?+

スマートフォンのアンテナとベースバンドチップの間で電波を処理する回路ブロックの総称です。送信信号を増幅するPA(パワーアンプ)、受信信号を増幅するLNA(低雑音増幅器)、周波数を選別するフィルター、回路を切り替えるスイッチの4部品が連携して動作します。

Q.なぜ5GスマホにはRFフィルターが100個以上必要なのですか?+

5Gは4Gの倍以上となる80バンド超の周波数帯を使用します。バンドごとに専用フィルターが必要で、さらにキャリアアグリゲーション(複数バンドの同時使用)やMIMO(多アンテナ)にも対応するため、フィルター数は4G時代の50〜60個から5G時代には100〜130個以上に急増します。

Q.SAWフィルターとBAWフィルターはどう使い分けますか?+

SAW(表面弾性波)フィルターは製造コストが低く2.5GHz以下に適し、4G LTEの主力でした。BAW(体積弾性波)フィルターはQ値(周波数選択性)が高く3〜6GHzの5G主力バンド(n77・n78など)に対応します。5G化によりBAWの需要が急速に拡大しています。

用語集

基地局/ base station
スマホと電波をやり取りするアンテナ設備。担当エリア(セル)ごとに置かれ、移動すると隣の基地局へ接続が引き継がれる(ハンドオーバー)。
ウェハー/ wafer
半導体を作る土台となる円盤状のシリコン。ここに多数のチップをまとめて作る。
ファブレス/ fabless
自社で工場を持たず、設計だけを行う会社。製造はファウンドリに委託する。

参考資料・引用元

  1. Overview of Filters in Mobile Devices — SAW, BAW, LNA, PA一次情報
    Murata Manufacturing(村田製作所 公式技術記事)(2023)— 使用箇所: スマートフォンRFフロントエンドの主要4部品(PA・LNA・フィルター・スイッチ)の機能と役割、SAW/BAWフィルターの使い分け(要確認)
    https://article.murata.com/en-us/article/overview-of-filter-in-mobile-devices
  2. GaAs vs. Silicon: A Comparison of Semiconductor Properties for RF Applications一次情報
    Qorvo(公式技術資料)(2023)— 使用箇所: GaAsの電子移動度約8,500 cm²/V·s(室温)・Siの約1,400の約6倍・高周波PAおよびLNAでGaAsが優位な理由(要確認)
    https://www.qorvo.com/innovation/gallium-arsenide
  3. SAW vs. BAW Filter Technology for 5G Smartphones報道
    IEEE Spectrum(2024)— 使用箇所: SAW(表面弾性波・低コスト・〜2.5GHz)とBAW(体積弾性波・高Q値・3〜6GHz)の技術比較・5G Sub-6GHz帯でBAW需要が拡大している背景(要確認)
    https://spectrum.ieee.org/
  4. 5G Handset RF Filter Count: From 50 to 130+ per Device調査会社
    Yole Intelligence(報道経由)(2024)— 使用箇所: 4G時代のスマートフォン1台あたりRFフィルター数50〜60個→5G対応で100〜130個へ急増・マルチバンド/CA/MIMOがフィルター急増の主因(要確認)
    https://www.yolegroup.com/
  5. Murata Manufacturing — RF Components and Filter Market Position一次情報
    村田製作所 統合報告書 / IR資料(2024)— 使用箇所: 村田製作所がSAW/BAWフィルターで世界シェア首位。通信用フィルターはムラタ・TDK・京セラ等日系が上位(要確認)
    https://www.murata.com/en-us/about/ir/ar
  6. RF Front-End Market: Competitive Landscape and Key Players 2024調査会社
    Yole Intelligence(2024)— 使用箇所: RFフロントエンド市場はSkyworks/Qorvo/Broadcom/村田/TDKの5社で約90%のシェア。スマホ1台あたりRFコンテンツ価値は4G時代約3ドル→5Gで約7〜10ドルへ上昇(要確認)
    https://www.yolegroup.com/product/report/rf-front-end-market-2024/

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